コラム

かけ離れた英国会議員の特権意識

2014年08月31日(日)09時00分

 日本の人々は杉村太蔵のことを覚えているのだろうか。僕はここ数日、彼のことが頭から離れず、2005年に初めて彼の存在を知った時のことを詳しく思い出そうとしている。

 僕は当時、デイリー・テレグラフの東京特派員だった。彼のことを耳にした瞬間、これは「記事にしたら面白いぞ」と思った。杉村が国会議員に当選したあの小泉純一郎現象に、テレグラフ編集部はいたく興味をもっていた(実際、日本人はあの奇妙な小泉ブームをどれだけ覚えているだろうかと思うことがある。だがそれはまた別の話だ)。

 05年の衆議院議員選挙で自民党の比例代表名簿の下位に載っていた杉村の当選は、あらゆる合理的な予測を裏切っていた。当選それ自体は、小泉の驚くべき人気を象徴する出来事だった。だが杉村がネタとして価値があったのは、彼の当選が意外だったからではない。国会議員として手にできる特権の数々に大喜びしたからだ。

 僕の記憶では、彼はJRが乗り放題だとうれしそうに語り、「しかもグリーン車ですよ!」とはしゃいだ。ずっとほしかったBMWがこれで買えるかも、といった感じの発言もした。

 もちろん彼は自民党の幹部に未熟だ、無礼だと叱責された。つまり問題は、彼が議員という仕事について不適切な「自慢」をしたことにあったわけだ。

 僕にとって彼の言動は、政治家の生活が部外者からどれほどすばらしく見えるかを示す格好のネタだった。杉村の失敗は、政治家の特権を国民の目にさらし、喜びをあらわにしたことにあった。

 政治家の仲間入りするために彼がすべきだったのは、静かに特権を受け入れ、その特権がどれも必要かつ適切なものである、という顔をすることだった。高給を受け取るのも、何カ月も休暇を取るのも、偉そうに振る舞うのも......。

■恵まれた待遇のはずだが

 杉村のことを思い出したのは、イギリスが今まさに「杉村的瞬間」を迎えているからだ。ただし、正反対の意味で。

 保守党の下院議員で閣外相のマーク・シモンズが、最近、議員を辞職した。報酬と手当が少なすぎて通常の家庭生活を営めない、というのがその理由だ。これをきっかけに、彼(とその他の英国会議員)の報酬や経費の実態が再び注目されることになった。

 シモンズが受け取っていた報酬は年9万ポンド(約1500万円)。これはイギリス人の平均年収の3・5倍にあたる。ロンドン市民の平均年収で比べると3倍弱かもしれないが、中央値辺りにいるロンドン市民の年収で考えれば4倍くらいに相当するだろう(一握りの超富裕層のせいで、ロンドンの「平均」はかなり跳ね上がっている)。

 これに加えて、シモンズは妻を非常勤の秘書として(公費で)雇うことができたので、さらに年2万ポンド(約340万円)の収入が加わった。通常の基準からすれば、とても不利な待遇とはいえない。僕の知人には、共働きにもかかわらずシモンズの世帯収入の10分の1の年収で生活している人だっている。

 それでも、話はここで終わらない。シモンズの選挙区(と自宅)はロンドンから離れていたから、議会に通勤可能な場所に住居を借りる経費として年間2万8000ポンド(約480万円)までの手当てを認められていた。シモンズはロンドンに家を借りて家族と住むことはせず、この手当で一人ホテルに滞在し、休日には妻子の待つ家に帰る交通費として手当てを使っていたようだ。

 シモンズは議員の報酬が低いとはっきり言ったわけではない。だがロンドンに家族を呼び寄せられるほどには十分でないし、家族との遠距離生活を強いられるデメリットに見合うほどの金額でもない、という趣旨の発言はした。

■乖離する議員と国民の感覚

 そんなシモンズだが、以前はロンドンに家を持っていた。2001年の議員当選時に購入したもので、2010年に売却して約50万ポンド(約8600万円)の利益を得た。当時は議員が家を購入する場合には税金から補助金が出ていた。議員が国民の血税から出た補助金を使って家を購入し、売却した時に不動産の高騰による利益が出ても、国民にはいっさい還元されない――この制度は、一部の議員が悪用して不動産で大金を稼いだことが明らかになった後、廃止された。

 シモンズは規則を破ったわけではないし、卑怯な手段で制度を出し抜いた議員でもないことは強調しておきたい。だが彼は国民の血税からけっこうな財産を手に入れてロンドンの家を去り、地方に立派な家を建てる際の足しにした。


 09年に議員の経費スキャンダルが相次いだことで、いろいろなルールが厳格化された。だがそれ以来議員たちは、「真の解決策」は議員報酬を大幅に引き上げることだと主張し続けている。そうすれば経費をごまかそうなどという気も起こらないからだ、と。

シモンズは「振り子が振れすぎた」と言った。おかげで議員の生活の魅力が薄れ、それが辞任の理由だと語った。

 これは政治家と一般市民の大きな隔たりを示す問題だ。議員は皆、超エリートの金持ちと交流を深めるようになる。金融業界幹部や一流弁護士、CEO、業界トップやイギリス在住の外国人富豪といった人々だ。もはや銀行の管理職や医師、会計士などを自分と同列に考えることはない。店員や一般会社員、肉体労働者などもってのほかだ。

 そんなわけだから政治家たちは、困難な仕事のわりに自分の報酬が低すぎると考える。一方、国民には彼らの特権意識が信じられない。

 ある意味で、シモンズは正しい。人脈やすばらしい経歴に恵まれた元閣僚として、彼はもっと収入のいい仕事か、もっと家族と過ごす時間がもてる仕事につけるだろう。

 だが彼は、杉村がそうだったように、大多数の国民が有頂天になるような仕事に、背を向けようとしているのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ユーロ圏製造業PMI、3月は45カ月ぶり高水準 供

ビジネス

訂正-〔兜町ウオッチャー〕日経平均の底堅さは本物か

ワールド

インドネシア3月インフレ率、目標圏内に低下 イラン

ビジネス

アイリスオーヤマ、ライフドリンクC株を連日買い増し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 3
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イラン恐怖」の正体
  • 4
    中国がイラン戦争最大の被害者? 習近平の誤った経…
  • 5
    初の女性カンタベリー大主教が就任...ウィリアム皇太…
  • 6
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受…
  • 7
    北京に代わる新都市構想は絵に描いた餅のまま...大幅…
  • 8
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 9
    「え、なんで?」フライト中に操縦席の窓が覆われて…
  • 10
    韓国・週4.5日労働制が問いかけるもの ──「月曜病」解…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 3
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 4
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 7
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 8
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 9
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 10
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story