コラム

「コロナ後」メルケルはどう動く EUは更なる分裂を回避できるか

2020年05月25日(月)12時20分

木村:メルケル首相とエマニュエル・マクロン仏大統領は5月18日のテレビ会議で、新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受けた欧州経済の復興のため、5000億ユーロ(約60兆円)規模の復興基金を設立することで合意しました。これで十分でしょうか。本当に実現するのでしょうか。

岩間:十分かどうかは、誰にも分かりません。これからコロナの第二波、第三波がやってくるのか否かにもよります。しかし、ともかく最初の一歩を踏み出せたことは大事だと思います。ここ数年、何度もマクロンがEU改革を呼びかけたのですが、メルケルからは応ずる気配がありませんでした。

やはり東独育ちのメルケルは、EUには興味がないのだろうか、と思うくらいでした。しかし、ドイツ国内の感染がピークを過ぎた4月下旬から、EUへの言及が増えてきました。今年後半、ドイツがEU理事会の議長国であるということも、幸運だったと思います。

5000億ユーロ復興基金は実現するか

実現するかどうかは、まだ予断を許しません。すでに、スウェーデン、デンマーク、オランダ、オーストリアの4カ国は反対を表明しています。東欧も様子見であり、状況によっては反対に転じようと機会を伺っています。以前なら独仏が合意すれば、大概のことは片付いたのですが、27カ国の合意は容易ではありません。

また、ドイツ国内にも債務の共通化には根強い反対があります。「EUの歴史で最も深刻な危機には、それにふさわしい答えが必要だ」というメルケルの言葉が、赤字嫌いのドイツ国民の心に響くのか注視したいと思います。ドイツ国内の経済状況があまりに悪化するような事態になれば、「他国を助けている場合ではない」との極右の訴えがまた勢いを増すかもしれません。

木村:この共通債務化をきっかけにEUは財政移転同盟に大きな一歩を踏み出すのでしょうか。EU基本法の見直しはありますか。ドイツ国内の賛否、またドイツ連邦憲法裁判所はこれを認めるのでしょうか。

岩間:共通債務化がうまく行くかどうか、もう少し様子を見ないと分かりません。基本法の見直しは、近い将来はないと思います。むしろ、そのような大きな一歩ではない、本格的財政移転同盟への道ではない、と強弁することでドイツ国内の反対を押し切ろうとするのだろうと思います。

ただ、欧州中央銀行(ECB)の権限の範囲については、ドイツ連邦憲法裁判所が疑念を呈しており、これも向こう3カ月くらいでメルケル政権が処理しなければならない難題です。EUが真の共同体になるには、少なくともユーロ圏においては、財政移転の原則を認める必要があると個人的には思いますが、今回のコロナ危機はむしろ各国のナショナルな感情を強める方向にここまでは作用しており、EU強化へはいばらの道が続きそうです。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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