コラム

韓国政府、ポストコロナ対策として「国民皆雇用保険」の導入に意欲

2020年05月20日(水)14時20分

学校は再開したが、コロナ後の失業対策はこれからだ(写真は5月20日、チェジュ市の高校) Yonhap/REUTERS

<文在寅大統領は、会社員だけでなく自営業者もフリーランスも芸術家も全ての労働者が、突然失業した時に頼れる皆雇用保険を目指しているが>

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で雇用情勢が悪化する中、韓国では全ての就業者に雇用保険を適用する「国民皆雇用保険制度」の導入に関する動きが活発に行われている。2017年の大統領選挙の公約として雇用保険の対象拡大を挙げていた文在寅大統領は、就任から3年目を迎えた5月10日に行った特別演説で、「全ての就業者に雇用保険が適用される基盤を作る......雇用保険に加入していない低賃金非正規労働者の雇用保険加入を迅速に推進し、特殊雇用職従事者、ギグワーカー(gig worker)、フリーランス、芸術家等が直面している雇用保険の死角を早く解消する」と、国民皆雇用保険の実現に向け、「段階的」に取り組む姿勢を表明した。

しかしながら、同日開催された国会の環境労働委員会では特例条項として芸術家を雇用保険の適用対象に含めることが決まっただけだった。その結果、2018年11月に発議された雇用保険法改正案に含まれる運転代行業に従事する運転手や貨物自動車の運転手、保険外交員、放課後教室(日本の学童保育に当たる)の講師等いわゆる「特殊雇用職従事者」や、インターネットのプラットフォームを通じて単発の仕事を依頼したり請け負ったりする「ギグワーカー」やフリーランス、芸術家等は対象から外れ、次の国会での成立を待たなければならなくなった。

雇用保険制度の被保険者は労働力人口の半分以下

韓国における雇用保険の被保険者数は2020年3月現在1,378.2万人で、労働力人口の49.5%しか加入していない。日本の労働力人口の64.2%が雇用保険の被保険者であることに比べると多くの就業者が雇用保険の恩恵を受けていないことが分かる。韓国の雇用保険の被保険者数が少ない最も大きな理由は自営業者の割合が高いからである。韓国における自営業者の割合は2018年時点で25.1%でOECD加盟国の中で5番目に高く、日本の10.3%を大きく上回っている。

日韓における労働力人口や就業者に占める雇用保険の被保険者割合(2020年3月)
Kim200520_Chart1.jpg

出所)韓国:統計庁「経済活動人口調査」、雇用労働部「雇用保険統計現況:2020年3月」、日本:総務省「労働力調査」、厚生労働省「雇用保険事業月報:2020年3月」

OECD加盟国における自営業者の割合
Kim200520_chart2.jpg

出所)OECDホームページ「Self-employment rate」

では、なぜ韓国では就業者に占める自営業者の割合が高いのだろうか? その主な理由としては、定年が早かったことや公的年金が給付面において成熟していなかったことが挙げられる。まず、2016年に60歳定年が義務化(300人以下の中小企業は2017年から適用)される前までは、定年が定められておらず多くの労働者は50代前半に退職した。一方、公的年金の受給開始年齢は60歳以降に設定されていたので、大半の退職者は生計維持のために再就職か起業を選択せざるを得なかった。しかし韓国の転職市場はそれほど発達しておらず、特に中高年者の再就職は容易ではなかった。また、50代の起業は資本金やリスクの面でハードルが高かった。そこで、退職者の多くは家族で簡単にできる食堂などの「生計維持型自営業」を選択することになったのだ。特にフライドチキンの店の人気が高かった。相対的にかかる資本金が少なく3日~5日程度体験をするだけで開業できたからだ。

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米陸軍、ドローン100万機購入へ ウクライナ戦闘踏

ビジネス

米消費者の1年先インフレ期待低下、雇用に懸念も=N

ワールド

ロシア、アフリカから1400人超の戦闘員投入 ウク

ビジネス

米ミシガン大消費者信頼感、11月速報値は約3年半ぶ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 9
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 10
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story