コラム

ロックダウンによる「成績インフレ」で格差が固定化する

2020年09月09日(水)18時20分

今年の共通試験は「総合評価」になり好成績に喜ぶ高校生が続出 Andrew Hasson/GETTY IMAGES

<かつては競争が熾烈で最高の学生が集まる場所だったはずのイギリスの大学は、今や行きたい人が誰でも行ける場所になってしまった>

今夏イギリスの高校を卒業した生徒たちに祝辞を贈りたい。Aレベル試験(大学入学のための全国統一試験)において「最高評価」を得た生徒は昨年に比べて10%増え、「落第」はほとんどなしだった。今年の18歳たちは、ロックダウン(都市封鎖)での数カ月に及ぶ休校にもかかわらず、この成果を上げた――その上、試験すら受けずに。

今年のAレベル試験は中止され、代わりに「教師による総合評価」で評定が付けられた。そして予想どおり、典型的な「成績のインフレーション」が起きた。教師たちは、生徒が皆、優秀だと評価したのだ!

成績のインフレは経済のインフレと同じく、漸進的にではあるが長期的には劇的に積み上がる。ここ数十年、途切れることなく成績評価は概して上がり続けている。

30年前なら、Aレベル試験の3科目のうち2つA評価を取れば「オックスブリッジ(オックスフォード大学とケンブリッジ大学)候補」になっただろう(全受験生のトップ2~3%に当たる)。それが今年は全評価のうち27.6%がA評価(あるいはそれ以上!)だった。この状況に見合うほど教育の質が上がったと本気で考える人はいないから、成績インフレは株価の上昇というよりはむしろ価値の下落を示している。

実際、A評価達成が容易になり過ぎたことが2010年には公式に認められ、新たな評定が導入された。「A*」だ。スポーツコメンテーターがあまりに多くのサッカー選手を「トップ選手」とたたえ過ぎて、その中の一部を「トップトップ選手」と呼び始めたのと、ちょっと似ている。

成績インフレはもれなく広がっている。昔は「落第」も多かったが(僕はAレベル試験の経済学では見事に落第した)、今ではほぼ全員が合格する(正確には今年の合格率は99.7%)。この現象は大学でも同様だ。例えば僕の母校オックスフォード大学は、僕が卒業した1992年には最高評価を得られたのは約20%。今では約30%になっているが、これはけっこうな違いだ。残りはほぼ全員、次点の評価の「2:1」になる。さらに下の2つの評価は昔ならごく当たり前にいたが、今では約6%と恥ずかしくなるくらい少な過ぎる。

大卒に見なう職には就けない

さらに重要なのは、以前よりずっと多くの人が大学に行くようになったことだ。かつては競争が熾烈で最高の学生が集まる場所だったはずの大学が、事実上、行きたい人が誰でも行ける場所になってしまった。トニー・ブレア元首相の描いた夢のとおり、若者の約50%が大学教育を受けられるようになったのだ。

今では、大学の数はより多くなった(大学の下の位置づけだった技術系専門学校「ポリテクニック」が単純に名称変更されたせいもある)。そして大学はより多くの学生を取る......より多くのカネが入るから。その結果、大学の成績は最高評価か2番目の評価、Aレベル試験ではAかB評定だった、そして試験で落第したことは一度もない、といった若者が何百万人と量産される。

<関連記事:僕のイギリスの母校はなぜ教育格差を覆せたのか
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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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