コラム

国技館で天皇を見た、平成は立派で前向きな時代だった

2019年03月27日(水)18時10分

東京・両国の国技館 mizoula-iStock.

<日本にとって平成は停滞期だったと位置付ける人が多い。だが、平成しか知らない元本誌記者のイギリス人ジャーナリストの目には、多くの進歩があった時代に映っている>

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※ニューズウィーク日本版SPECIAL ISSUE 「ニューズウィークが見た『平成』1989-2019」が好評発売中。平成の天皇像、オウム真理教と日本の病巣、ダイアナと雅子妃の本当の違い、崩れゆく大蔵支配の構図、相撲に見るニッポン、世界が伝えたコイズミ、ジャパン・アズ・ナンバースリー、東日本大震災と日本人の行方、宮崎駿が世界に残した遺産......。世界はこの国をどう報じてきたか。31年間の膨大な記事から厳選した、時代を超えて読み継がれる「平成ニッポン」の総集編です。
(この記事は「ニューズウィークが見た『平成』1989-2019」収録の書き下ろしコラムの1本)

◇ ◇ ◇

両国に住んでいた2000年代半ば、僕はよく相撲を見に行った。あるとき国技館の入り口にイヤピースを着けた警備担当者がたくさんいたので、誰が来るのかと尋ねたら「言えません」という答えだった。

きっと天皇だと思った。案の定、天皇と皇后が姿を見せ、僕は自分の席から2人をついつい見てしまった。驚いたのは、2人が退屈そうな表情も興奮したそぶりも一切見せず、ずっと静かにほほ笑みながら熱いまなざしを向けていたことだ。その数時間は、2人が国民の注視の中にあった30年間を象徴していたかもしれない。それは、天皇と皇后が完璧な振る舞いを見せた立派で前向きな時代だ。

僕は天皇と皇后を2人が上野の東京国立博物館から車で帰る際に目撃し、皇太子夫妻は広島の原爆ドームで見掛け、新年の一般参賀で大半の皇族の姿を見た。自然災害が多いこの国で天皇は被災地に必ず出向き、人々に言葉を掛けている。

だから日本の皇室は国民から遠い存在だという声を聞くと、それは違うと言いたくなる。僕がイギリスの王族をじかに見たのは1度きり、ロンドン五輪の最中に開かれた元五輪選手のパーティーに友達が僕を潜り込ませてくれたときだ(アン王女が来ていたのだが、本来なら僕はその場にいるべきではなかったのだ)。

日本の友人や同僚の多くと違って、僕は平成の日本しか知らない。僕が日本に来たのは1992年。同時代を生きた日本人の多くは、平成を停滞の時代、もしくは凋落期とさえ考える。僕ははるかに肯定的だ。僕が来て以降、日本には多くの進歩があったと思うからだ。

イギリス人男性なら誰もが言うことだが、人生で大切なもののうち2つはサッカーとビールだ。僕が来た頃、日本はその両方で失望する国だった。普通のサッカーグラウンドには芝がほとんどなく、選手がボールを大きく蹴るだけで観客は拍手した。そんな時代から2002年のワールドカップを駆け抜けて、今や日本は活気あるリーグと熱烈なファンと素晴らしいスタジアムを持つサッカー大国になった。

ビールの選択肢が少ないことにも驚いた。缶のデザインで選んでも、中身はほとんど違いがなかった。今なら多少の印税が入れば銀河高原ビールを選べるし、友達をもてなしたいときはザ・プレミアム・モルツを、安く済ましたければ「麦とホップ〈赤〉」を選べる。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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