コラム

「ブレグジット後悔」論のまやかし

2016年06月30日(木)17時10分

Toby Melville-REUTERS

<ブレグジットの国民投票以降、「EU離脱に投票して後悔している人がいる」という議論があるが、実際には結果を覆そうという動きには至っていない。反対に「残留」の結果が出ていたら、後悔する人はまったくいないのだろうか>

 イギリスのEU離脱(ブレグジット)の是非を問う国民投票で衝撃の結果が出てからというもの、イギリス国民の民主的な意思表明をくじこうとするような議論が多数持ち上がっている。それらはあまりにばかげているから、僕はいちいち反応したくもないくらいだ。「投票のやり直しを求めるオンライン請願書に多くの署名が集まっている」「投票はあくまで意見を問うものであり、法的拘束力はない!」「若者の大半は残留に投票しており、彼らは今後長きにわたって影響を受けるだけに若者の票に2倍の価値を持たせるべきだ」......。

 もちろん、僕たちが何カ月にもわたって残留派・離脱派双方の言い分を聞き、決意を固め、高い投票率の選挙で明らかな多数を獲得して離脱派が勝利したことを考えれば、こうした議論は簡単に却下できる。

 でも僕は、ある1つの議論をあえて取り上げてみようと思う。何人かからこのことを質問されて、ひょっとするとこの問題を深刻にとらえている人もいるのかもしれないと心配になったからだ。ついでに言っておくと、この議論をぶった切るのはあまりに簡単だ。その議論とは......「離脱に投票した国民の一部は、結果を後悔している!」

【参考記事】特権エリートに英国民が翻した反旗、イギリス人として投票直後に考えたこと

 まず、この「後悔論」を信じる人は、現実の証拠以上のものを見ようとしているようだ。僕は明確な数字に表れた統計的な証拠を重視するけれど、この数字的な証拠は脇に置くとして、もしも離脱派が大多数だった地域で「われわれは離脱に投票したが、本当は離脱を望んでいなかった」と叫ぶ大規模デモが起こっているのだとしたら、それはそれで認めよう。でも実際はどうか。「離脱に投票した人の中に、こんなことしなきゃよかったと言っている人がいた」と、あちこちで話す声が聞こえてくる程度だ。

残留派は後悔しない?

 2番目に、イギリスの有権者は愚か者だと思われているらしい。彼らは朝起きて、投票所まで歩きか車で向かい、自分の名前を告げて、投票用紙をもらい、ブースに入って、極めて明確な質問を提示され、鉛筆を手に取った。そして――本当は残留を望んでいるのにもかかわらず「離脱」に一票を投じた、とでも言いたいようだ。

 それが事実だとして、結果(離脱派が120万票で勝利している)が覆るのだとしたら、「本心は残留希望なのに離脱に投票してしまった愚か者」は、少なくとも64万人いなければいけない計算になる。

 3番目に、「後悔」がそれほど重大な問題のように語られているのに、議論になるのは離脱に投じた人の後悔ばかり。これはつまり、結果が残留に決まっていたら、後悔など問題にならないと考えられているからだ。フラフラした離脱派に比べ、残留派のほうは揺るがない信念を持って投票した、と思われているらしい。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story