コラム

「ポスト真実」の21世紀でヒトはどう進化するのか?

2019年02月01日(金)16時20分

ハラリは数千年前のナイル川流域を例に挙げ、単独の小さな部族だけでは対応できない大きな取り組みをするために人々が手間をかけて「国家」という大きな集団を構築したことを語る。だが、異なる部族や氏族をひとつの国にまとめるのは容易なことではない。それは古代でも現代でも同じだ。

イスラエル国民であるハラリは、「『イスラエル』という国とその800万人の住民に対して忠実であるよう私に納得させるために、シオニズム運動とイスラエル国家は、教育、プロパガンダ、愛国心を掻き立てる運動といった巨大な組織を構築する必要があり、同時に、国家安全保障、健康保険、福祉を提供する必要があるのだ」と説明する。

大きな組織は大規模な忠誠心なしには成り立たない。ハラリは、「マイルドな形の愛国心は、人間が創造したものの中では最も慈悲があるもののひとつだ」と言う。自分の国が特別なものだと感じ、ほかのメンバーに対して特別な義務感を持ち、世話をし、その人たちのために自分を犠牲にする気持ちを抱く元になるのがこのマイルドな形の愛国心だからだ。「ナショナリズムがなければ、すべての者がリベラルの楽園で暮らせると想像するのは危険な過ちだ。複数の部族による混乱のなかで生きる可能性のほうが強い」とも忠告する。

「スウェーデン、ドイツ、スイスといった平和で豊かでリベラルな国々には強いナショナリズムの感覚がある。国家の強い縛りに欠けた国のリストには、アフガニスタン、ソマリア、コンゴ、その他の破綻した国家のほとんどが並ぶ」というのも、左寄りのリベラルが唱える単純な理想論を打ち崩す意見だ。

ナショナリズムが問題になるのは、ハラリが言うように「無害な愛国心が、熱狂的な超国粋主義に変貌するとき」だ。すべての国の国民が「わが国はユニークだ」と思うし、それは当然のことだ。しかし、「わが国は最高だ。私はこの国にすべての忠誠を誓わねばならない。この国と国民以外には何の義務もない」と思い始めたときに、暴力的な抗争が起こりやすくなる。これは、イギリス、アメリカ、日本などで起こっている不気味な雰囲気を連想させる。

多くの人は問題を白黒はっきりさせたがるが、ハラリはこのようにそれ自体を問題視する。特にオススメしたいのが「パート4」の「真実」の部分だ。

2016年のアメリカ大統領選を牛耳ったのは、「無知」「正義」「ポスト真実」だった。2019年1月に発表されたプリンストン大学ウッドローウィルソン公共政策大学院の調査では、選挙中にフェイスブックで偽ニュースをシェアした者のほとんどがトランプ支持の保守だった。リベラルでは偽ニュースシェアが極端に少なかったのだが、「非常にリベラル」になるとシェアがやや増えていた。極端な思想になればなるほど極端なニュースを簡単に信じやすくなるのかもしれない。    

この現象の背後にあるのが、ハラリの書くgroupthink(集団思考)だ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、カンボジアとタイは「大丈夫」 国境紛争

ワールド

コンゴ民主共和国と反政府勢力、枠組み合意に署名

ワールド

米中レアアース合意、感謝祭までに「実現する見込み」

ビジネス

グーグル、米テキサス州に3つのデータセンター開設
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story