コラム

「ポスト真実」の21世紀でヒトはどう進化するのか?

2019年02月01日(金)16時20分

現代ではフェイクニュースが大きな問題となっているがフィクションすべてが悪いというわけではない Carlo Allegri-REUTERS

<『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリの最新刊は、今の世界と人類を考えるきっかけとして意義がある>

21 Lessons for the 21st Century』は、人類の歴史をコンパクトかつドラマチックに語る歴史書『サピエンス全史(Sapiens: A Brief History of Mankind)』で有名になり、その続編とも言える人類の未来を語る『ホモ・デウス(Homo Deus: A Brief History of Tomorrow)』が大ベストセラーになったユヴァル・ノア・ハラリの第3作である。

21世紀に我々人類が直面する21の問題について語るもので、「The Technological Challenge (技術的な課題)」「The Political Challenge (政治的課題)」「Despair and Hope(絶望と希望)」「Truth(真実)」「Resilience(回復力)」という5つのパートに分かれている。

その5つのパートに分かれた21の章で、ハラリは「Disillusionment(幻滅)」「職(Work)」「自由(Liberty)」「平等(Equality)」「コミュニティ(Community)」「文明(Civilization)」「ナショナリズム(Nationalism)」「宗教(Religion)」「移民(Immigration)」「テロリズム(Terrorism)」「戦争(War)」「謙虚さ(Humility)」「神(God)」「世俗主義(Secularism)」「無知(Ignorance)」「正義(Justice)」「ポスト真実(Post-truth)」「サイエンスフィクション(Science Fiction)」「教育(Education)「意義(Meaning)」「瞑想(Meditation)」という21のテーマについて語っている。

すべての章に博識のハラリらしい面白い歴史的事実や考察が散りばめられているのだが、非常に興味深い章とそれほどでもない章が混在しており、これまでの3冊の中では最もまとまりに欠けている。

この中で、私が特に興味深く読んだのが、現在のアメリカや日本の状況に直接関係ある「ナショナリズム」「無知」「正義」「ポスト真実」の章だった。

「ナショナリズム」には国家主義、国粋主義、愛国主義といった意味がある。ニュアンスによって異なるので、ここでは「ナショナリズム」を使っておく。副題は「地球規模の問題には地球規模の回答が必要である」であり、それだけでも「なるほど」と感じるだろう。

現在、イギリスのブレグジットやアメリカでのトランプの台頭など、大国が次々と国粋主義的な孤立主義になりつつあり、日本にもそういった雰囲気が漂っている。この現象の背後にあるナショナリズムは、人間の本質的な性質だと信じられている。だが、ハラリは「常識とは異なり、ナショナリズムは人間心理の自然で永久な部分ではなく、ヒト生物学に根ざしたものでもない」と書いている。

人間は社会的な動物であり、集団への忠誠心は遺伝子に刻み込まれている。しかし、何千年ものホモ・サピエンスの歴史で、人間の先祖が一緒に住んでいた親密な関係のコミュニティは、大きくても何十人程度だったのだ。人間は部族(tribe)や歩兵部隊、家族経営事業のように小規模の親密な集団に対して容易に忠誠心を抱くが、何百万人もの赤の他人に対して忠誠心を抱くような性質は自然には持ち合わせていない。

「国家」などといった大規模なスケールのものに対する忠誠心は、過去数千年の間に現れたものであり、進化的な時間のスケールでは「昨日の朝」程度に最近のことだとハラリは言う。新しいコンセプトであるだけでなく、その維持のためには「社会構築の計り知れない努力を要する」のだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

モンゴル首相、就任4カ月で辞任 議会が不信任

ビジネス

午後3時のドルは約2週間ぶり149円台へ下落、米地

ワールド

SNS監視でビザ取り消し、米主要労組が政権提訴 表

ビジネス

SMBC、イエス銀行への出資比率引き上げ否定=イン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 7
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story