コラム

サイバーセキュリティ政策をめぐる中国政府の内側

2016年01月21日(木)17時00分

 第4回のコラム(「意外だが、よく分かる米中のサイバー合意」)でも述べたように、習近平国家主席は、中央網絡与信息化領導小組(中央ネットワーク安全・情報化指導ワーキンググループ)を組織し、そのトップに就いた。これは党の組織である。しかし、サイバー攻撃はなかなか止まらない。

 「いったい、誰が中国のサイバーセキュリティの責任者なのか。黒幕は誰なのか」と改めて二人の中国人研究者に聞いたところ、一人は、中央網絡与信息化領導小組、公安部、国家安全部、工業情報化部の四つが権限争いをしているという。中央網絡与信息化領導小組以外の三つは政府の組織である。公安部は警察であり、国家安全部はインテリジェンス機関である。工業情報化部は日本の総務省と経済産業省の通信・IT部門を合わせたような存在である。習近平が最終的な責任者になったといっても、結局のところは、その下での権限争い、権力闘争が起きており、誰も仕切ることができていない。

 もう一人の研究者は、この四つの組織に加えて、人民解放軍と外交部も声を上げるようになっていると指摘する。人民解放軍が党の軍隊であるのに対し、外交部は政府の組織である。政府より党が上であるのは明確であるにしても、党の領導小組と人民解放軍に対して、政府の四つの機関が対抗している。

 われわれは、大臣に当たる各部の部長が大きな権限を持っていると思いがちだが、中国の部長は党と政府との間のパイプ役に過ぎない。その部長がどう立ち回るかでこの権限争いは変わるだろう。部長たちの多くは、いまだ権力の階段を上っている途中であり、部長は上がりのポストではない。いずれ中央政治局に入り、さらに中央政治局常務委員会に入ることを望む者にとっては、ここで躓くわけにはいかない。

実態は責任の押し付け合いか

 そうすると、中国の研究者たちは「権限争い」と表現したが、実態のところは、「責任の押し付け合い」なのではないだろうか。米国をはじめとする諸外国からどんどん文句を言われて習近平はメンツを失っている。サイバー攻撃によって得るものがあったとしても、メンツを重んじる国において、放置できる問題ではないはずである。

 特に外交部は、さまざまな場面で中国はサイバー攻撃の被害者であるとし、上海協力機構(SCO)や国連の場でサイバースペースにおける行動規範を提唱している。我々外部の者は、中国全体として見ているので、なんと恥知らずなのかと思ってしまうが、中国国内の立場を見れば、分からなくもない。

 党と政府は、それぞれのルートを使って、民間のサイバー攻撃を止めようとしている。その一つが、大手ISP(インターネット・サービス事業者)やCSP(コンテンツ・サービス事業者)への圧力である。そうした事業者はサービス提供に当たって免許を必要としており、他の多くの中国企業と同じく、共産党との窓口となる人物を社内に持っている。事業者は、顧客の悪意ある振る舞いを放置すれば、営業停止や免許の取り上げがあると脅されるようになっている。政府の取り締まり権限の外注化(アウトソース)が行われていることになる。

 中国政府によるネット検閲が問題となるが、その多くは、党の中央宣伝部のガイドラインに沿った事業者による自主規制である。

継続的圧力を

 国家安全部による政治的なスパイ活動や人民解放軍による軍事的な作戦準備活動を止めることはできない。それは米国やその他の国々も遠慮なくやっている。米国が中国に止めるよう求めているのは、個人や非政府組織によるサイバー犯罪やサイバー産業スパイ活動である。公安部は取り締まりを強めているが、あまりにも数が多くて対応し切れていない。

 しかし、被害者から見れば、一刻も早く止めてもらいたいというのが本音である。中国の内情が見えたとしても、同情の余地はない。中国共産党と中国政府に圧力をかけ続けなければ、改善への機運は途切れるだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ・メディア、株主にデジタルトークン配布へ 

ワールド

台湾、警戒態勢維持 中国は演習終了 習氏「台湾統一

ビジネス

米新規失業保険申請件数、1.6万件減の19.9万件

ビジネス

医薬品メーカー、米国で350品目値上げ トランプ氏
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 5
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 8
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 9
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 10
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story