コラム

意外だが、よく分かる米中のサイバー合意

2015年09月28日(月)17時10分

米中首脳会談での決裂は回避したが…。Kevin Lamarque - REUTERS

 意外だが、よく分かる。バラク・オバマ米国大統領と習近平中国国家主席の首脳会談において「サイバー攻撃実行せず、支援せず」で合意したというニュースに接したときの感想である。

 意外というのは、これまで中国は、中国自身がサイバー攻撃の被害者であると主張し、米国との間で何らかの合意をすることをかたくなに拒否してきたからである。今回も中国はその姿勢を崩さず、米国側の要求をはねつけるのではないかと考えていた。しかし、そうではない兆候は、2週間前に見えていた。

北京の準備、ワシントンの対応

 首脳会談の2週間前、私は北京で政府系シンクタンクの研究者たちと話す機会があった。その頃、米国のメディアは、米国政府側のリークに基づき、さかんに制裁の可能性を示唆する記事を流していた。そのことを質問すると、中国の研究者たちはくっくっと笑い、「制裁はない」と否定した。あまりに楽観的な反応に、「訪米前あるいは訪米中の制裁発表はないと見ているのか」と重ねて聞くと、制裁そのものがないという。米国側の報道では、首脳会談の結果を見て訪米後に発表する可能性も示唆されていた。しかし、その研究者の言葉からは米国側と事前の協議がかなり進んでいることがうかがわれた。「もし仮に米国が制裁をした場合にはどうするのか」と聞くと、「やり返すことになるだろう」ともいい、このときの表情は厳しいものだった。

 その研究者のうちの一人は、自分は習主席の訪米に合わせてシアトルに行くという。シアトルでIT企業のトップを招き、米中が深く広い相互依存関係にあることをアピールするつもりだとも付け加えた。

 その翌週、今度は米国のワシントンDCでサイバーセキュリティの専門家たちと話す機会があった。サイバーセキュリティ政策にも関与する政府関係者のひとりは、「制裁について米国政府内で広く調整が行われているわけではない。少なくとも自分は何も聞いておらず、ホワイトハウス主導で調整が行われており、報道で見るばかりだ」と述べていた。事情をもっと知っているだろうと思われる政府関係者に北京の様子を伝え、米国側の反応を探ったものの、はぐらかすばかりだった。しかし、北京側のような楽観的な様子はなかった。

 週が明け、習主席が中国から米国西海岸のシアトルに到着した頃、ローマ教皇がワシントンDCを訪問しており、ワシントニアンたちの関心はそちらに向いていたが、中国側はIT業界の雄マイクロソフトと航空業界の雄ボーイングが拠点を置くシアトルで、経済に焦点を絞ったイベントを開き、米中経済が分かちがたく結びついていることをアピールした。中国でサービスが規制されているグーグルとツイッター、フェイスブックのトップは参加しなかったが(フェイスブックのマーク・ザッカーバーグは写真撮影には応じた)、ボーイングでは中国が300機も発注するという「爆買い」がニュースになった。それもこれも、ローマ教皇のニュースに埋もれることなく、米中首脳会談をなんとか成功させようとする中国側の意気込みの現れであった。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、カナダに35%の関税 他の大半の国は「一律15

ワールド

ブラジル大統領、米50%関税に報復示唆 緊張緩和へ

ワールド

カナダ、ASEANとのFTA締結目指す 貿易多様化

ワールド

ゼレンスキー大統領、物資供給や対ロ制裁強化巡り米議
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story