コラム

効き目がなかった米国の対中サイバー交渉戦術

2015年11月30日(月)16時05分


 そもそも誰が中国でサイバー攻撃を行っているのかを見ると、この問題の背景は多少は理解できる。

 第一に、不満を持つ若者たちである。中国の経済成長は鈍化しつつあり、大学を卒業しても仕事がない若者たちが多くなっている。経済が豊かになるにつれ、かつてのように、どんな仕事でも良いというわけにはいかなくなり、見栄えと実入りの良い仕事を競うようになっている。そうした仕事に就けない若者たちは、地下の穴蔵のような地下室で共同生活を送り、「アリ族」や「ネズミ族」とも呼ばれ、不満のはけ口をサイバー攻撃に見いだしている。

 第二に、経済的な利得につながる情報を盗み出そうとしている人たちである。こうした人たちは国内外問わず、金儲けになりそうな情報は何でも盗もうとしている。中国企業が中国企業に対してサイバー攻撃を仕掛けることも無数にある。産業スパイは日常茶飯事ともいって良い。

 第三に、よく名指しされる人民解放軍である。彼らも経済的利得につながるサイバー攻撃を行うことがあり、米国が最も非難しているのはそうした攻撃である。しかし、軍事的な切り札としてのサイバー攻撃はまだ行っておらず、温存しているはずである。平時に使ってしまっては意味がない。むしろ、戦時に備えた偵察行動が行われている。

 第四に、政治的なスパイである。中国国内では全てが権力闘争といっても良い状態である。そうした国内事情を国外にも投影し、中国の政治アクターは、米国や日本の国内の権力闘争の実態を知りたがる。そうした権力闘争が全くないとはいわないが、中国のような苛烈な政治闘争はほとんど見られない。存在しない情報を必死に中国のスパイたちは探している。

中国共産党の統治能力

 上述のような攻撃者たちの存在を中国の研究者に指摘したところ、「どこの国でもそうだろう」と答え、否定はしなかった。

 こうした多様な攻撃者たちが存在するとしたら、中国共産党が抑えられるのはどこまでか。米中首脳会談の際、習主席は「中国には13億人もいる」とオバマ大統領に釘を刺したという。つまり、習主席が全てのサイバー攻撃者を止められるわけではないという意味である。中国では検閲が行われているから簡単に摘発できると我々は思いがちだが、6億人ものインターネット利用者がいると、そう簡単でもない。インターネットについては、中国政府は人民一人一人の統制からインターネット事業者を通じた統制へと切り替え始めている。事業者の顧客が何か悪いことをすれば営業許可を取り消すと圧力をかけ、間接的な統制をしようというわけである(中国ではコンテンツ事業者にも営業許可が必要である)。事業者は、当局を怒らせず、顧客の不満も最小化できる線(中国では「底線」と呼ばれる)がどこにあるのか、フラフラしながら探している状態である。

 常識的に考えれば、非政府アクターとしての若者たちと経済スパイたちを全て止めるのは難しいとしても、人民解放軍と政治スパイは共産党の力で止められそうなものである。しかし、いずれのサイバー攻撃も止まっていないと米国側は見ている。

 中国では中国共産党が全てをコントロールしているという見方はもはやできない。人民解放軍に対する統制がきいていないのではないかという指摘は各所で聞かれるようになっている。軍が起こした行動を党首脳や政府のスポークスマンが把握していないケースが起きている。

 習体制の政治基盤はすでに固まったとする見方がある一方で、反腐敗運動が苛烈な権力闘争の表出だとすれば、まだ政治基盤は固まっていないとも見ることもできるだろう。習体制の目に見える成果は内政でも外交でもまだない。

 オバマ政権側の我慢も限界に来ている。サイバー攻撃に対する経済制裁は今のところ行われていないが、南シナ海をめぐる問題ではオバマ政権の強気の姿勢がはっきりしてきた。すでにレームダック期間に入りつつあるオバマ政権としては、これから1年間続く大統領選挙への影響に配慮しながら対応を考慮していくことになる。「名指しと恥さらし」を続けていくのか、踏み込んで経済制裁に踏み込むかが、当面の政策判断になるだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story