コラム

国連を舞台に、サイバースペースをめぐって大国が静かにぶつかる

2015年09月15日(火)17時08分


国家がサイバースペースを管理すべきか

 何でもないような文言が、外交交渉では深い意味を持つことがある。この場合、例えば、「責任ある国家の行動」という言葉が入っているが、サイバースペースの問題に国家が責任を持つのかどうかが一つの争点となった。国家が責任を持つとなれば、サイバースペースを良い状態に保つために国家が責任を持って管理・統制し、ひいては検閲する権限も持つというロジックにつながる可能性がある。あるいは、国家主権や内政不干渉といった言葉を入れることによって、そうした検閲に他国が文句をいうのを止める効果が出てくる。

 中国やロシア、さらに発展途上国の多くは、これだけサイバー攻撃が問題になっているのだから、国家が責任を持ってサイバースペースに介入すべきだと考えている。それに対して、米国や欧州の国々、そして日本は、人権や自由の確保を尊重し、過度な政府による規制や介入は望ましくないと考えている。そもそも、サイバースペースやインターネットは特別な存在ではないのだから、わざわざ議論し、合意するまでもないという立場をとっている。

 報告書は2015年10月の国連総会に提出されることになっている。しかし、それが総会で認められても、実は何の拘束力も持たない。GGEに参加した国々は、形式的にはそれに合意したわけだから、その内容を尊重すべきだろう。しかし、参加していない国々が、そんな報告書は知らないといえば、それまでである。それでも、国連という場において議論された内容は、それなりの重みを持つはずである。

 これまでの4回のGGEを主導してきたのは、実はロシアである。ロシアがなぜそれほどまでに国連での議論にこだわるのか、その意図は定かではない。ロシアはすでに第5回目のサイバーGGE開催を匂わせている。おそらく、サイバー攻撃の汚名を着せられるのを恐れ、事態をある程度管理しながら、強大なサイバー攻撃(反撃)能力を持つ米国を牽制したいということだろう。

国際法はサイバースペースも規定できるか

 サイバーGGEの問題を国際法学者たちと議論する機会があった。彼らの感覚では、サイバースペースだろうと現実世界だろうと国際法はあまねく適用されるわけだから、わざわざ国際法の適用について議論することは、かえって国際法の基盤を揺るがすことになるのではないかというものだった。

 しかし、それを聞きながら、国際政治学者である私は、世界政府が存在しないという意味でアナーキーである国際政治の世界では、国際法が自動的に適用されると考える国際政治学者は少ないだろう、国際法の適用は、国際政治的な文脈で揺れ動くものだと発言した。例えば、米国は国連海洋法条約を批准していない。中国は批准したものの、独自の解釈をしている。国際法の多くは慣習法であり、その適用は一様ではない。まして、サイバースペースに、どの国際法がどのように適用されるのかは、まだ不透明である。

 人類は長い期間にわたって海を使ってきたが、国連海洋法条約が採択されたのは1982年であり、発効したのは1994年、そしていまだに多くの問題が残っている。サイバースペースについてはサイバー犯罪条約があるが、アジアで批准しているのは日本だけであり、日本も批准に11年かかった。サイバースペースのルール作りには気の長い交渉がまだ必要だろう。


プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

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