コラム

現代の日本には「無用の用」文化が継承されている

2022年11月19日(土)11時20分
カン・ハンナ(歌人、タレント、国際文化研究者)
茶道

OLUOLU3/ISTOCK

<日本は「衣食住文化」が豊かだが、一方で「無用の用」を大事にする文化も残っている。今すぐ役に立ちそうでなくても、やり続けることを評価してくれる豊かな社会であり続けてほしい>

世界中どこに行ってもまず興味を持つのが、その国の「衣食住文化」ではないだろうか。

日本の衣食住に関する文化は一生困ることがないほど充実していて、リーズナブルなものから高級品まで幅広く選択できる楽しみがあるなと感じる。それはきっと、今まで何百年も丁寧な暮らしをしてきたからこそ、しっかり基盤をつくり上げることができたものではないかと思う。

私は日本の「衣食住文化」が大好きで、その豊かさにいつも感銘を受けている。ただし、一番好きな日本の文化を挙げるならば、むしろ衣食住には役に立ちそうもない哲学的なものとなる。

それは「無用の用」を大事にしながら古くからの価値観を継承している文化だ。

ご存じのとおり、「無用の用」は一見役に立ちそうもないものや事柄が、実際には大きな役割を果たしていることを意味する言葉。つまり、見掛けは大して重要ではないものが、かえって大切な部分として機能していることを指す。

「無用の用」は古代中国の道教に由来する言葉で、中国や韓国にもその概念は残っているけれど、私の知る限り、現代社会には継承されていない。

何年か前に、500年近くの歴史を持つ京都の茶室にお邪魔させてもらったことがある。そのときに家元から、お茶の世界では、亭主が客を迎えた喜びと心を込めてお茶を差し上げ、客は亭主の心配りに感謝し味わいながらお茶を頂くものだと教わった。

忙しい日々の中でお茶をもてなすこと、そしてもてなしを受けることが何かしらの役に立つかといえばそうは見えないかもしれないが、家元からは「無用の用なのです」と言われた。

その経験は「無用の用」の意味を深く考えるきっかけになった。

私は来日して短歌と出合い、1400年以上の歴史を持つ和歌の世界で母国語ではない史上初の外国人歌人としてさまざまな活動をしてきた。日本には短歌を愛し、日々の中で歌を詠む人が多くいて、私もその一人だ。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハマス代表団、停戦協議でカイロへ 米・イスラエル首

ビジネス

マスク氏が訪中、テスラ自動運転機能導入へ当局者と協

ワールド

バイデン氏「6歳児と戦っている」、大統領選巡りトラ

ワールド

焦点:認知症薬レカネマブ、米で普及進まず 医師に「
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story