コラム

行動経済学の「理論」が当てはまらない、日本社会の「特殊すぎる」事情

2022年05月05日(木)15時45分
トニー・ラズロ
日本の電車内

RICHLEGG/ISTOCK

<人々の行動を「操作」しようとするナッジ理論だが、すでに過剰なほど父親的温情主義にあふれた日本では「もう結構」と反応されてしまう>

神社のない山道で、5~6基の小さな鳥居が立っているのを見たことがある。こんな所にも神様が?

これは知る人ぞ知る、各地で行われているポイ捨て対策だ。神社の周りにごみを捨てる日本人はまずいないという事実を良いことに、神域ではない山道で神社を連想させ、ごみを減らそうとしているわけ。こういう「なんちゃって鳥居」はそれなりに効果があるらしい。

人間の心理を応用した、なかなか良いところに目を付けたと思う対策だが、同時に複雑な心境に襲われる。これ、人間版の「猫よけペットボトル」なのでは? 宗教観で人を操作して本当にいいのか。

操作と言えば、ノーベル経済学賞受賞者のリチャード・セイラー教授らが提唱した「ナッジ理論」。ナッジとは「肘で軽く突く」という意味の英語で、政策上のメカニズムとして人々に選択の自由を与えながら、その行動変容を促すこと。日本では近年、この理論に基づく「ナッジ事業」が始まっている。

例えば郵便受けに入れられるこんなお知らせ。「あなたのご家庭は○○市○○区の平均より3万円も電気・ガス代を高く支払っています。少しエアコンから扇風機に変えてはいかが?」

ナッジの受け入れレベルが低い日本の事情

日本でこの手法は成功するのか。2020年末、アジア開発銀行研究所と日本のナッジ推進協議会共催のウェビナーがあった。

そこで気になったことの1つは、日本は市民の間の「ナッジ」認知度が比較的低いこと。これは『データで見る行動経済学──全世界大規模調査で見えてきた「ナッジの真実」』という本からの引用で、同書には米英など8カ国でナッジ理論の受け入れに関する調査をしたところ、日本の受容レベルがとりわけ低いことに驚いたと書かれている。

日本ではなぜ、ナッジ理論が受け入れられないのか。著者は具体的な理由にまで言及していないが、ヒントは「ナッジ」という名称にあると思う。「空気を読む」「出る杭(くい)は打たれる」「皆で渡れば怖くない」......。誰の肘かは分からないが、日本人は昔から十分あちこちで突かれてきた。

そこに新しい理論が上陸し、研究者がどう思うかを調査する。「このように、軽く肘で突かれることで......」と説明を聞いたら、当然「もう結構です」と反応する人が出てくる。

ナッジ理論の別名は「リバタリアン・パターナリズム」だ。リバタリアンは(政府や権威が介入することのない)自由至上主義。パターナリズムは(政府・権威が介入することのある)父親的温情主義、父権主義。セイラーの説明では、これは自由を固く保持した父親的温情主義なのだ。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story