最新記事

行動経済学

都知事の発言から消毒液の矢印まで 世界で注目「ナッジ」は感染症予防にも効く

2021年2月25日(木)17時45分
黒川博文(兵庫県立大学国際商経学部講師)※アステイオン93より転載

stellalevi-iStock.


<法による規制、金銭的インセンティブに続く、人を動かす第3の手法「ナッジ」。「リバタリアンパターナリズム」に基づくもので、コロナ対策にも活用されている。だがナッジに対する支持率には3タイプあり、日本は「慎重型ナッジ支持国」だという。論壇誌「アステイオン」93号「"ナッジ"――人を動かす第三の手」より」>

「感染しない、させないという意識をもって行動してほしい」

これは小池百合子都知事が、四連休の始まった(編集部注:2020年)7月23日に報道陣を通じて、都民に呼び掛けた言葉である。新型コロナウイルス感染症の流行が収まる気配はない。有効な治療薬やワクチンが開発されるまでの間、密閉空間、密集場所、密接場面が重なる「三密」を避けることや、物理的距離をとること(ソーシャルディスタンシング)、手洗い、マスクの着用などが感染拡大を防ぐとされている。これらの徹底した「行動変容」が感染拡大を防ぐために求められているが、意識をしないとこのような感染予防行動を取ることは難しい。

イタリアのように「都市封鎖」を行い、人々の外出を禁止し、強制的に人と人の接触を防ぐ国もあるが、現行法の下、このような都市封鎖を行うことはできない国もある。日本もその国の1つだ。このような国においては、国民自ら自発的に行動を取ってもらうように要請するほかない。

ところが、単にお願いをされても、なかなか人は動かないものである。オンライン飲み会で社交することはできるが、やはり慣れ親しんだ対面で飲みながら語り合いたいものであるし、マスクを着けて会話することは不快である。また、消毒液が入り口に置かれていても、つい消毒をせずに出入りをしてしまうこともある。

感染予防行動のような社会的に望ましい行動をそっと後押ししてくれる方法として、「ナッジ」が世界各国で注目されている。ナッジは2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーと、キャス・サンスティーンが提唱した考え方である(両者の共著作『実践行動経済学――健康、富、幸福への聡明な選択』〔日経BP、2009年〕に詳しい)。

法による規制や、税金や補助金といった金銭的インセンティブとは異なる形で、ナッジは行動の変化をもたらす。ナッジは人を動かす第三の手法といえる。2010年にイギリス内閣府の中にナッジを活用する行動洞察チームが設立されて以来、全世界で200を超える組織や機関がナッジを活用している。日本では2017年に環境省において日本版ナッジユニットが設立された。ナッジには明確な定義はないが、「一人ひとりが自分自身で判断してどうするかを選択する自由を残しながら、人々を特定の方向に導く介入」が一つの定義として知られている。選択の自由を尊重しながら介入することが許容される「リバタリアンパターナリズム」という思想に基づくものだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

パレスチナ国家承認、米国民の6割支持=ロイター/イ

ワールド

潜水艦の次世代動力、原子力含め「あらゆる選択肢排除

ビジネス

中国債券市場で外国人の比率低下、保有5カ月連続減 

ワールド

台湾、米国との軍事協力を段階的拡大へ 相互訪問・演
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 7
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中