最新記事

アメリカ

労組に入らず、教会に通わない──真ん中が抜け落ちたアメリカ

2020年12月28日(月)16時15分
金成隆一(朝日新聞国際報道部機動特派員)※アステイオン93より転載

選挙での投票を呼び掛ける教会だが……(ジョージア州、2020年12月6日) Nathan Layne-REUTERS


<『ルポ トランプ王国』で話題の金成隆一氏は、豊富な有権者取材の経験から、アメリカ社会は「真ん中」が抜け落ちたようだとする。そしてその「真ん中」には3つの意味があるという。論壇誌「アステイオン」93号は「新しい『アメリカの世紀』?」特集。同特集の論考「真ん中が抜け落ちた国で」を3回に分けて全文転載する(本記事は第1回)>

私は2014年から4年半ほど、ニューヨークを拠点に各地を取材して歩いた。2015年11月以降はトランプ支持者を中心に有権者の取材に力を入れ、トランプ政権の発足後も定点観測を続けている。

2016年の大統領選期間は中西部ラストベルトを主に回った。その後は郊外や深南部のバイブルベルトなどにも取材網を広げた。トランプを支持した白人ナショナリストから、左派政権を願う民主社会主義者まで、幅広い取材者リストができあがった。

様々な声を聞いたが、二人の言葉を紹介したい。

「私は(たばこも酒も入る)労働者階級のパーティーを楽しめる最後の左派かもしれない」(2018年8月17日取材)。ジャーナリスト、バーバラ・エーレンライクの言葉だ。モンタナ州の炭鉱一家の出身。代表作に低賃金労働者の現実を自らウェイトレスや清掃員として働きながら記録した『ニッケル・アンド・ダイムド』(曽田和子訳、東洋経済新報社、2006年)がある。その言葉は、左派にエリート主義が強まり、左派であるのに労働者階級と会話すらできなくなっているとの文脈で出た。

二人目は、ペンシルベニア州の山奥のバーで居合わせた青年トロイの言葉。普段はニューヨークの学生だが、帰省中だった。「減税を支持するか? と聞かれれば、答えはイエスだ。すると『おまえは共和党だ』と言われる。でも同時にゲイの権利とか、全ての人種が公平に生きられる社会の実現とか、社会正義のためにも闘いたい。すると今度は『おまえは民主党だ』と言われる。(略)二つの『心の狭い』人々に挟まれて、ちくしょう! という気分だよ」(2018年12月26日取材)

アメリカ社会は「真ん中」が抜け落ちてしまったようだ。本稿では、この「真ん中」という言葉に三つの意味を込めたい。一つ目は、個人と国家の間にあり、異質な他者と出会える場としての「中間団体(集団)」という意味。具体的には、ラストベルトのトランプ支持層にとっての教会や職場、労働組合、メディアの機能などを考え、《他者の不在》を指摘する。

二つ目は誰もがアクセスできる「パブリック」という意味。公共交通や公教育システムに十分な資金が回っていない。そんな《パブリックの不在(軽視)》を指摘する。

三つ目は、異なる意見があっても、最後はそれぞれが妥協し、「真ん中の意見」を探るという意味。今のアメリカでは、1990年ごろから言われる「文化戦争」が激化し、妥協はもはや不可能の域に達しているように見える。そんな《妥協の不在》を指摘したい。(*「抜け落ちた真ん中」には「縮むミドルクラス」もあるが、すでに多く語られてきたので本稿では触れない)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ソマリランドを初の独立国家として正式承

ワールド

ベネズエラ、大統領選の抗議活動後に拘束の99人釈放

ワールド

ゼレンスキー氏、和平案巡り国民投票実施の用意 ロシ

ワールド

ゼレンスキー氏、トランプ氏と28日会談 領土など和
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    赤ちゃんの「足の動き」に違和感を覚えた母親、動画…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中