最新記事

行動経済学

都知事の発言から消毒液の矢印まで 世界で注目「ナッジ」は感染症予防にも効く

2021年2月25日(木)17時45分
黒川博文(兵庫県立大学国際商経学部講師)※アステイオン93より転載

たとえば、消毒液の前に矢印が示されていることがあるだろう。矢印に従って、自然と消毒液の前に立ち、消毒をしたのではないだろうか。消毒するかどうかの自由を残しながら、消毒することによって感染を防ぐという社会的に望ましい行動が矢印によって促進される。また、スーパーのレジなどの行列ができるような場所において、テープで立ち位置が示されていることもあるだろう。テープが示す位置に自発的に立つことで、人と人との物理的距離を保つことができた経験はないだろうか。

冒頭に示した都知事の発言もナッジである。新型コロナウイルスに感染しない行動を取ることは自分の利益につながる。他人に感染させない行動を取っても、自分の利益にはつながらないが、他人の利益にはつながる。自分は感染しても自己責任と考えて、感染リスクのある行動を取る人もいるだろう。しかし、そうした人の中でも、「あなたの行動が他人を感染させる恐れがある」と言われれば、感染リスクのある行動を踏みとどまるのではないか。人々は他人の利益になるような向社会的な行動も取ることが行動経済学の研究で知られている。利他心を刺激する文言をメッセージに追加することで、社会的に望ましい行動の後押しをするのもナッジである。

これらのナッジは「情報提供型ナッジ」に分類される。何らかの情報を伝えたいときに、心理学や行動経済学で知られている人間のクセを活用して、メッセージやデザインを工夫することでより良い行動を行えるようにするものである。

もう1つのナッジの分類として「デフォルト設定型ナッジ」がある。デフォルトとは、明示的な意思表示を何もしないときに見なされる選択のことであり、最も効果の高いナッジと言われている。

たとえば、脳死状態になったときの臓器提供の意思表示において、日本では「臓器提供の意思なし」がデフォルトとなっている。意思表示をして初めて臓器提供に同意したことになる。「臓器提供の意思なし」がデフォルトになっている国ではほとんどの人が臓器提供に同意していないが、フランスのような「臓器提供の意思あり」がデフォルトになっている国の同意率は100%に近い。デフォルトが何であれ、選択の自由は確保されており、臓器提供の意思があれば同意するはずである。ところが、このような差が生まれてくるのは、デフォルトの現状から変化することを避ける現状維持バイアスや、臓器提供に同意しようと思っても、つい先延ばしをしてしまう現在バイアスが原因であると指摘されている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中