コラム

無条件ベーシックインカム:それは社会の革新なのか幻想なのか?

2021年03月05日(金)18時30分

UBI賛成論の背景

UBIは、労働市場だけでなく、私たちの日常生活のほぼすべてに影響を与える。UBIを用いたこれまでの小規模なモデル実験では、人々の生活満足度や健康状態も、経済的安全性によって改善されることが示されている。また、社会の結束力が変化し、民主主義がより多くの参加と共有を通じて強化され、家族や女性がより安定を得られるようになり、環境に対する人々の行動も変化することが示されている。

ドイツでは15年ほど前から、無条件ベーシックインカムの社会政治的ユートピアが何度も議論されてきた。基本的な考え方はほとんど変わっていない。国のすべての国民は、その見返りに何かを提供することなく、基本的なニーズを調達する毎月のお金を受け取る。

賛成派は、ベーシックインカムを、貧困からの脱出、官僚主義や国家の強制から解放され、芸術やその他の価値ある仕事を支援するための手段、人生で何かを創造したいという人間の願望への貢献、あるいは相互信頼によって特徴づけられる社会への自主参加のいずれかと見ている。

ロボット化する人間

ベーシックインカムはまた、急速に進むデジタル化や自動化のために自分の仕事を失うことへの人々の不安を軽減する可能性がある。今年2月に発表された「COVID-19後の労働力」というマッキンゼーのレポートは、今後10年で、4,500万人の米国の労働者がロボットやAIによる「自動化」によって失職すると予測しており、パンデミックの前に予測されていた3,700万人を大きく上回っている。

同時に仕事の総数は増加し、そのほとんどは自動化を補強し、補完する「人間がロボット化」する仕事だと指摘した。コロナ禍の影響もあり、米国で激増した仕事は、eコマースの倉庫要員だった。また、総雇用数は増加するものの、「今後10年間のほぼすべての純雇用の伸びは、高賃金の職業になる」と報告書は予測している。

これは、時代が求めるデジタル技術などのスキルを持たない低賃金労働者にとっては朗報ではない。ますます社会の二極化が進むなか、コロナ危機の際には、多くの自営業者や被雇用者が収入源を断たれたため、UBIの考えは再び追い風となっている。

UBIを阻むものは何か?

基本的な考え方がはっきりしていても、設計の仕方は千差万別だ。ポジティブな観念的な見通しだけでは、ドイツ政府を本気にさせるUBIの実現は簡単ではない。

月の基本所得はいくらが妥当か?それは既存の社会的収入の全部または一部を置き換えるべきなのか?それにはどのような税制が伴うのか? 特に、基礎所得が本当に無条件に支払われ、それ以上の所得がなくても最低限の社会的・文化的生活水準を満たす水準にあるのかどうかについては、次のふたつの基本的な問いを明確にする必要がある。

・無条件のベーシックインカムは、その設計によっては労働意欲を著しく阻害する可能性があり、熟練労働者の不足と潜在的な労働力の減少が予想される時代に、どのように適合するのか。

・ベーシックインカムの結果として生じる政府支出の大幅な増加は、どのように財源化されるべきなのか。

最初の質問は、ハルツ改革の課題となった市場経済の中心的な役割を果たしているインセンティブの問題である。UBIによって、従来の税金、社会保障、労働市場や経済全体への影響は多大である。たとえば、UBIは低所得者層の賃金構造を大きく変えると考えられる。低所得者のためのより高い賃金は確かに望ましいが、従業員の交渉力が強化され、不快でストレスの多い仕事や退屈な仕事には、大幅に高い賃金が要求される可能性がある。

UBIの結果、企業にとってはコストが上昇し、消費者にとっては物価が上昇することになりかねない。旧来の賃金体系が続く海外に、企業が移転する可能性もある。今より高い賃金を支払う準備ができていない場合、いくつかの仕事は放置される可能性もある。これは家事関連のサービス業にも影響を与え、分業を前提とした経済もダメージを受けるというのがUBI懐疑論の主張である。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

SBI新生銀のIPO、農林中金が一部引き受け 時価

ワールド

米下院がつなぎ予算案可決、過去最長43日目の政府閉

ワールド

台湾経済、今年6%近く成長する可能性=統計当局トッ

ビジネス

在欧中国企業、事業環境が6年連続悪化 コスト上昇と
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story