コラム

無条件ベーシックインカム:それは社会の革新なのか幻想なのか?

2021年03月05日(金)18時30分

仕事のインセンティブとは何か?

UBIは増税で賄われることになる。これは主に、すでに高い税金を払っている人たちの労働意欲を混乱させるかもしれない。税負担の増加によって、企業や高所得者層が海外に移転したりすれば、非公式経済で働くインセンティブを強化することにもつながる。これらはすべて、ベーシックインカムの財源となる税基盤を侵食する可能性である。

UBIを支持する人々は、インセンティブの役割に疑問を抱いている。生活が保障されているからこそ、人々皆、本当の仕事を見つけ、「創造的に働く」という議論である。確かに、労働者の内発的動機づけは重要であり、労働努力は金銭的なインセンティブのみによって動かされるものではない。

明確な労働倫理があれば、個人が金銭的に利益を得られなくてもボランティアとして働くことを選択するように、少なくともしばらくはインセンティブを除外することができる。しかし、金銭的なインセンティブは労働時間と余暇の決定において中心的な役割を果たすことは事実である。

加えて、次のことを考慮しなければならない。人々の労働精神には、すべての人が自らの生活に責任を負うという通念がある。これはおそらく、人々が最初から持っている倫理観である。しかし、もし誰もが自分の努力なしに、いくらかの快適さで人生を乗り切ることができるという確信を持って成長したらどうだろうか?UBIは仕事と人生の意味についての議論にたどり着く。

UBI実証実験の課題

すでに他国のパイロット・プロジェクトでもそうであったように、実験結果の意味合いは限定的になる可能性が高く、実験の成果に最初から疑問を持つ批判も多い。その最大の理由は、実証実験プロジェクトの期間が限られているため、参加者には従来の仕事を続ける意欲が最初からあることである。

3年後には、自分たちの仕事だけで生計を立てる必要がある。したがって、参加者はプロジェクトの実施段階で既存の収入源を維持することに関心を持つ。創造的な仕事を選択し、社会貢献をめざす人が増えるというUBIの効果は、3年間の期限付きでは実証することは難しい。人々が基礎所得を得ているにもかかわらず従来からの仕事を続ける理由は、いずれ3年後には給付されなくなるUBIの期限を反映した対応である。

第二の資金調達の問題では、UBIを提唱する人たちによって、費用は小規模なものに限定されている。しかし、UBIが少なくとも社会的・文化的な生存水準をカバーするのであれば、その費用は実際には膨大なものとなる。今ある年金や児童手当、失業保険の受給権などがUBIによって消滅し、今日のすべての社会保障を現状のUBIだけで実現することは困難であるため、実際の社会支出は大幅に増加するだろう。

そして、最大の問題が残っている。ドイツが一方的にベーシックインカムを導入すれば、それが引き金となる国際移住についての問題である。もし一国だけでUBIを導入するとしたら、移住者にとっての影響は非常に大きく、国境を厳格に守らなければならないという議論を呼ぶ。同時に、企業は生産拠点を海外に移せば、国は税収基盤を失うことになる。そのため、UBIが国際的に調整され、多くの国で同時に導入されない限り、この制度は急速に瓦解する可能性がある。

UBIの重要な主題は、税金、資金調達、金額、実施モデルではなく、すべての人が生涯にわたって無条件に保護されることである。一つはっきりしているのは、UBIは、誰もが自分のお金を増やすためのものではなく、誰もがより安全になるということなのだ。

無条件の基礎所得という考えは確かに良い考えだ。しかし、善意から好結果への道のりは長く険しいことが多い。限られた時間での実験では、UBIの好結果を確実に把握することは困難だろう。UBIを幻想に終わらせないためには、その可能性と課題をめぐる議論に抜本的な視点の変化が必要なのである。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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