コラム

アメリカの報道はバイデンの原爆資料館訪問をスルー扱い

2023年05月24日(水)15時00分

日本では各国首脳の献花と資料館見学は大きく報じられたが Ministry of Foreign Affairs of Japan-HANDOUT/REUTERS

<来年の大統領選を控えて、バイデンはできるだけ批判材料を見せたくない>

G7広島サミットにおいて、各国首脳は合同で慰霊碑への献花を行い、また原爆資料館を見学しました。日本国内の報道では、首脳たちが一斉に並んで献花をしたシーンは、大きく報じられています。その一方で、首脳たちが原爆資料館で見学をした際の詳細については開示されておらず、この点については批判が出ています。

開示されなかったというのは、具体的には「視察の様子は非公開」「メディアの館内取材は禁止」というかなり徹底したものだったようです。また、そうした報道規制以前の問題として、外務省筋からは、そもそも各国首脳による原爆資料館の見学ということ自体について、事前の折衝はかなり難航したという声があるという報道もあります。

具体的には、一番苦労したのがアメリカとフランスだったそうです。まず、フランスの場合に考えられるのは、マクロン大統領が進める核政策について、賛否両論があるという現実です。マクロン大統領は、まず欧州全体の電力安定という目的もある中で、核の平和利用をこれまで以上に拡大する立場です。また昨今は、核兵器の保有国として核抑止力の強化も進めています。

こうした核政策に関しては、日本と同じように、平和利用と軍事利用を混同した感情的な反対論があるようで、仮にそうした不満が年金問題などと結びついていくと、反政府的な動きが拡大しかねません。そんな中で、広島の悲劇を改めて知らせてゆくことには、政権として慎重にならざるを得ないということです。ただ、冷静に考えるとマクロン政権としては核軍拡を進めており、そのために報道規制を求めているのだとしたら核兵器への反省や反対の立場からはもっとも遠いと思われます。

バイデンが抱える事情

一方で、アメリカのバイデン大統領の場合はどうかというと、マクロン大統領とは動機が異なると考えられます。

バイデン大統領の立場は、オバマ政権の副大統領を務めていたこともあり、かなり明確になっています。それは「将来的には人類としての核廃絶を目指す」「現状としては核抑止力の維持を否定しない」「一方で核拡散や核威嚇には強く反対する」というものです。これは、今回のG7の基軸となる考え方そのものであり、そこにブレはありません。

では、どうしてアメリカはフランスと同様に、記念館訪問のオフレコ扱いにこだわったのかというと、例えば広島の有力地方紙『中国新聞』では「『核のボタン』を預かっているバイデン大統領に迷いが生じるのを周りが嫌ったようだ」などという説を紹介しています。(5月22日のデジタル版コラム「天風録」)

これは違うと思います。もっと明確な理由があるからです。それは、来年2024年の11月に大統領選が迫っているからです。バイデンは既に出馬宣言をしており、このまま進んで仮に民主党の統一候補に指名されると、共和党候補との一騎打ちになります。それ以前にも、仮に民主党内で本格的な予備選が行われる場合は、党内からも共和党サイドからも様々な攻撃に晒されることが予想されます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story