コラム

アメリカの報道はバイデンの原爆資料館訪問をスルー扱い

2023年05月24日(水)15時00分

具体的には、バイデンが広島で献花をしたり、何かを言ったり、何かを見たりすることが報道されると、3つの問題が出てくる可能性があります。

1つは、広島への原爆投下を正当化する世論の存在です。ソ連への威嚇や、巨額の開発費がかかったという以上に、核攻撃により日本が降伏したことで、本土決戦が回避されたというのはアメリカの世論の約半数では定説になっています。仮に本土決戦が起きた場合に発生したであろう日米双方で多数の犠牲者を救ったというのは、特に、1945年8月時点で太平洋戦線に従軍していた兵士の子孫には強い思いとしてあります。つまり、原爆投下がなければ父や祖父は還って来なかっただろうという実感であり、これが正当化論の中心になっています。

バイデンが「必要以上の反省」を口にしたり「必要以上の追悼」を行ったりすることは、こうしたグループの反発を買うであろうし、共和党側に攻撃の口実を与えることになるというわけです。

2つ目は、とにかくアメリカ合衆国大統領は「外国に対して謝ってはならない」という独特の考え方です。これも保守派には非常に強い考え方ですし、バイデンの場合はこれに高齢批判が重なると、「弱気の大統領」というバッシングにつながる可能性もあります。

テレビの扱いは小さく、新聞も冷淡

3つ目は、これは現在の世界情勢を受けた考え方です。仮にバイデンが「反省の姿勢」を見せると、ロシアなどが「自分たちの核は抑止力であり、威嚇の言葉を使うのも強く相手に抑止を効かせるために過ぎない、実際に核攻撃と大量虐殺を行ったアメリカに自分たちを批判する資格はない」などという舌戦を仕掛けて来る可能性があります。これに対してアメリカが反論した場合、反論があるレベルを超えると日本の世論は強く反発するでしょうから、「まんまと日米離反が可能になる」という状況も考えられます。

この中では、やはり1番目の問題が非常に大きいと考えられます。その結果として、今回の献花や記念館訪問に関するアメリカでの報道は極めて限定的です。まず、タイミング的にはアメリカでは週末ということもあり、テレビでの扱いは小さく、新聞も冷淡でした。週末に大きな事件があると、週明けに報道されることが多いのですが、これも多くの場合はありませんでした。

例えば、ニューヨーク・タイムズの場合、2016年のオバマ献花に際しては、1面トップで大きな写真が出ましたが、今回は紙版では土日共にトップにはなりませんでした。また、慰霊碑への首脳たちの献花の写真を扱った電子版(22日の時点)でも、記事の題名は「その一方で、バイデンはウクライナへの戦闘機供与に大きな一歩」ということで、広島で行うことの意味については基本的にスルーという姿勢でした。また、同紙を含めた主要メディアでは、バイデンが慰霊碑に向けて花輪を捧げている写真ではなく、献花の後で慰霊碑を背にしている首脳たちの写真などを使って「追悼、謝罪」のニュアンスを避けています。

残念ではありますが、これがアメリカの現実ということです。知れば怒り出すに違いない保守派には、そもそも慰霊碑献花も記念館訪問もできるだけ伝わらないようにするというわけです。その一方で、理解のある知的な世論には「広島で開催」「オバマ同様に献花」ということだけで、静かな賛成の意を共有してもらうことはできたと思います。その意味で、今回の開催はアメリカにとっても決して無駄ではなかったと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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