コラム

北欧2カ国のNATO加盟でクルド人勢力はどうなる?

2022年07月06日(水)15時00分

当初トルコは北欧2カ国のNATO加盟に難色を示していたが(左端がバイデンと握手するエルドアン) Yves Herman/iStock.

<NAO拡大にロシアが「猛反発」しないのは、クルド人勢力の扱いがロシアにプラスになるという見方もできる>

ロシアがウクライナに軍事侵攻したことで、北欧の2カ国、フィンランドとスウェーデンがNATOへの加盟に動きました。この2カ国は、西側同盟の一員として振る舞っていましたが、北欧における西側とロシアという2大勢力の「はざま」において、長い間、軍事的中立(ノルディック・バランス)というポジションを選択してきました。

その2カ国が中立主義を放棄して、NATOという軍事同盟への加盟を選択したのは大きな事件です。それはともかく、今回の2カ国のNATO加盟問題には、大きな謎があります。それは、プーチンが「猛反発していない」ことです。この問題について、1つの仮説から考えてみたいと思います。

まず、2カ国の加盟問題については、簡単には進みませんでした。原因はトルコが猛反対したからです。その理由は、エルドアン大統領がプーチンと「付かず離れず」の外交を続けたいからではなく、スウェーデンとフィンランドの2カ国には、トルコが認めていないクルド人の団体PKK(クルド労働党)系の移民コミュニティがあるからです。

プーチンが自国内のチェチェン共和国の独立運動を認めず、独立派をテロ闘争に追い込み、これを壊滅させたのは21世紀初頭の大事件です。この対立構図と比較すると、エルドアンとPKKの対立は似ていますが、少し違う展開をたどっています。

まずPKKの人望厚いリーダーのアブドラ・オジャランは、逮捕されて厳重な警備が敷かれたトルコの刑務所に収容されています。当初は死刑判決でしたが、トルコは死刑を廃止したEUへの加盟の可能性を捨てないために、オジャランを無期に減刑しています。では、PKK系統のグループは武装闘争を放棄したのかというと、そうではなく、トルコ東部の山岳地帯では武装して実行支配をしている地域があります。

「クルドの独立は認めない」関係国

クルド人全体としては、他にも愛国同盟、クルド民主党などがありますが、こちらはイランとは厳しく対立しつつ、フセイン打倒後のイラクでは、政権に関与しており与党的な位置付けです。イラクの現職大統領であるバルハム・サリフもクルド愛国同盟です。

クルド人の居住エリアは、トルコ、イラク、シリア、イランの4カ国にまたがっています。従って、彼らが独立すると巨大な勢力になるので、この4カ国は「クルドの独立は絶対に認めない」という国策を取ってきました。トルコは、そもそもクルドという民族の存在を否定していますし、フセインのイラクはクルド人に対する化学兵器による攻撃を行いました。アサドのシリア、革命後のイランもクルド人には弾圧を加え続けています。

そんな中で、クルド人の一部は北欧に難民として逃れました。特にスウェーデンとフィンランドでは、数万人単位での定着が見られます。北欧の中でもデンマークではイスラム系難民の受け入れに苦労していますし、ノルウェーでは排外的な運動を刺激したこともある中で、スウェーデンはルター派キリスト教の理想主義の延長で、多様性確保の象徴としてクルド人を歓迎した形になっています。

クルド人の方も、特に知識層がまとまって移民したこともあり、欠点だった男尊女卑の傾向などを改めつつ、コミュニティーに馴染む方向になっていました。さらに、フィンランドの場合も、独特の職人的な社会改良の一端として、さらに一段高い豊かさを多文化の包摂により実現する、その取り組みの対象としているわけです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、第1四半期の利益が過去最高 フラン安や

ビジネス

仏エルメス、第1四半期は17%増収 中国好調

ワールド

ロシア凍結資産の利息でウクライナ支援、米提案をG7

ビジネス

北京モーターショー開幕、NEV一色 国内設計のAD
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story