コラム

北欧2カ国のNATO加盟でクルド人勢力はどうなる?

2022年07月06日(水)15時00分

エルドアンは、内心ではそこには暴力的な危険性はないと承知していても、選挙対策などから、この両国におけるクルド難民の定着成功を「妨害する」姿勢が必要でした。今回はその絶好のチャンスと見たわけです。そこで、アメリカのバイデンの仲介に乗った格好で、2カ国から、

▽PKKを非合法のテロ組織と確認する
▽テロ容疑者の身柄引き渡しに協力する

という合意を引き出したことで、両国のNATO加盟について賛成に転じることにしたのでした。結果として、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟は実現に大きく近づいたのです。

では、プーチンが今回の2カ国加盟に対して「猛反発していない」のはなぜなのでしょうか? おそらく次の5つの点が指摘できます。

1点目は、この2カ国については、旧ソビエト連邦の構成国でも、旧ワルシャワ条約加盟国でもないので、プーチンの当面の現状変更願望リストの中には、含まれていない可能性があります。仮にそうであれば、 NATOとこの2カ国が動揺して、軍備の充実や軍事訓練などにリソースを割くのはむしろ歓迎と思っているかもしれません。

2点目は、クルド勢力にとっては政治的にマイナスなので、ロシアの後援しているシリアのアサド政権、イランのイスラム政権にはプラスになります。その加点ポイントがまずあります。

将来の混乱の布石?

3点目は、同じNATO加盟国の中でも、西側とトルコの「立ち位置の違い」を際立たせることができたわけです。それだけでなく、トルコのエルドアンがポイントを稼いだことが、プーチンにも間接的な加点になります。もちろん、ロシアが黒海を封鎖している現実を、トルコは承認できません。ですが、停戦交渉などでトルコは何らかのカードになる可能性は高く、そのトルコが「要求を通し」たのは、そのカードの効力がアップするわけで、プーチンには少なくともマイナスではないと言えるでしょう。

4点目は、人権意識の高いスウェーデンとフィンランドは、今後、トルコの要請があったとしても、簡単には元PKKの人間を強制送還などはできないはずです。ということは、この「合意」というのは時限爆弾のようなもので、2カ国の政局を流動化させたり、NATO内部での意見不一致といった、プーチン側としては「将来の混乱への布石」になると感じているのかもしれません。

5点目としては、アメリカの「リベラル・ホーク主義」の挫折ということです。冷戦後の世界において、アメリカはクルド人の権利拡大を支持していました。特に、ジョージ・W・ブッシュ、ヒラリー・クリントン、バラク・オバマの3名は、複雑な中東情勢の中でクルド勢力の地位向上という「サブ・ストーリー」を常に念頭に置きつつ、意思決定をしてきたわけです。今回の一件は、そのアメリカが自らその原則を崩したわけで、プーチンは、象徴的な政治的勝利と考えているのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ高大きく懸念せず、インフレ下振れリスク限定的

ワールド

米ミネソタ州議員銃撃、容疑者逮捕 標的リストに知事

ビジネス

再送(11日配信記事)豪カンタス、LCCのジェット

ビジネス

豪当局、証取ASXへの調査拡大 安定運営に懸念
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story