コラム

米社会は経済再開へ、混乱回避の試行錯誤が続くニューヨーク

2020年05月19日(火)18時45分

ニューヨーク市では当初、公共の場所でのマスク着用を義務化したが Andrew Kelly-REUTERS

<NYでは当初、公共の場所でのマスク着用を義務化していたが、反発が高まると無料マスクの配布に方針転換――経済活動と感染対策のバランスに苦心している>

アメリカの中西部、南部などでは現在、新型コロナウイルスの感染がまだ拡大している状態なのに、「ロックダウン反対デモ」が吹き荒れ、各州は経済活動を再開し始めています。この点に関しては、トランプ政権のホワイトハウスが示した「14日連続の感染者数減少」を条件として経済活動再開の次のステップに進めるというガイドラインが無視された格好です。

もっとも、トランプ大統領がすでにこのガイドラインを無効だとしていますし、ツイートで流す本音では「無観客試合なんてナンセンス」とか「自由を求めて戦え」などといった煽りを続けているのですから、話になりません。話にならないといえば、トランプ大統領はかねてから抗マラリア剤の1つである「ヒドロキシクロロキン」が新型コロナ肺炎に効くとして、承認もされないうちから勝手に「素晴らしい薬だ」などと持ち上げていました。

18日に大統領が明かしたところでは、トランプ大統領自身は毎日受けているPCR検査では一度も陽性になったことはないのですが、この「ヒドロキシクロロキン」を一週間と少し前から飲んでいるというのです。大統領が「確かに飲んでるよ」と言った瞬間、報道陣は呆気に取られていました。認可されていないという以前に、この薬剤は仮に効くとしても予防薬ではないですし、その一方で心臓への負担などの副作用も指摘されているからです。

ただし、この大統領の行動パターンからすると、本当に飲んでいるかどうかは疑わしいと思います。どういうことかと言うと、科学や教養に劣等感を持った人々に寄り添えば政治的な支配が可能だという一種の「人心掌握術」の一つと考えられるからです。それにしても、以前には大統領が勧めたからとして、この薬剤と類似のクロロキンの、それも医薬品ではない純度の低い薬剤を飲んで死んだ人がいたのですから、いい加減にしてもらいたいものです。

クラスター発生の刑務所から受刑者を釈放

このトランプの手法はかなり悪質なものですが、各州や各市としてコロナ危機によって荒廃した人心をどう落ち着かせるかというのは、非常に苦労しているテーマです。

この点で試行錯誤が続いているのが、デブラシオ市長のニューヨーク市です。例えば、4月の時点で「無症者からの感染拡大を防止」するためとして、アメリカでは画期的な「公共の場でのマスクの義務化」を行った際には、いかにも熱血正義派の市長らしく、注意に従わない人は警察が強制力を行使すると強引に進めたのでした。

ですが、今度はアフリカ系などから「マスクをすると他の人種から凶悪犯と間違われる」として「ヘイトを誘発しかねない」という反発が上がりました。結果として、警察力の行使は抑制し、その代わりにスーパーや公園では無料のマスクを配布するなど、試行錯誤を続けています。

また、有名なニューヨーク最大のレイカーズ刑務所でクラスターが発生すると、市長は凶悪犯を除く受刑者に対して「健康を優先する」として釈放しました。すると、行き場のない受刑者はホームレス化して暖かい地下鉄車内を居場所にしたのです。この状態に対しては、ニューヨーク州のクオモ知事が激怒して、深夜に地下鉄を運休して「消毒」を行い、ホームレスを追い出したのでした。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋

ビジネス

投資家がリスク選好強める、現金は「売りシグナル」点
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story