コラム

21世紀版『美女と野獣』で描かれる現代の女性像

2017年03月21日(火)18時45分

では、91年版の『美女と野獣』が保守的で、21世紀に入ってすぐの『シュレック』が進歩的ということかというと、そう簡単に整理はできないと思います。91年の『美女と野獣』については、レーガンからブッシュ(父)という保守性の残る時代にあって、女性の自己決定権ということを前面に打ち出したところ、あるいは当時はまだ偏見の残っていた異人種間の交際を示唆するような内容は、社会的な意味があったと思います。

次の『シュレック』の場合は、確かに「イケメン王子との結婚」という保守的なファンタジーを「破壊」してしまう、一種の価値相対化をやっており、それが9.11テロ事件の直前、つまり「プレ9.11」という一種の「ゆるい世相」を反映していたのは事実だと思います。同時に、異宗教間の結婚の場合に、一人が改宗して「同じ色に染まったカップルになる」ということ、具体的には、この時期には少し増えてきていたキリスト教からユダヤ教への改宗というカルチャーを賞賛するという含みも少しだけ感じられます。

その後、小説と映画で少女向けの市場を大きく開拓した『トワイライト』という作品があありますが、この場合は「バンパイヤと結婚して自分もバンパイヤになる」という決意をするヒロインの設定には、異人種・異宗教間の結婚ということで、『シュレック』に似た要素が入っていると同時に、非常に強い自己決定の意思を持ったヒロインの姿には『美女と野獣』のコンセプトも入っているように思います。そのヒロインに、『美女と野獣』の「ベル」をイメージさせる「ベラ」という名前が与えられていることが、それを物語っています。

では、今回の2017年版はどうかというと、ワトソンのやった主役ベルについて言えば、設定、セリフ、エピソードなどはオリジナルから大きく変えてはいないのですが、発明家の父を助ける際に、さりげなく「メカを理解している感じ」を出したりして、「21世紀の知的な女性」という感じになっていたと思います。何よりも、毅然とした演技で改めて女性の自己決定権という思想を体現していたのは事実です。

【参考記事】『ラ・ラ・ランド』の色鮮やかな魔法にかけられて

これに加えて、「トランプ時代」への意識も見て取れました。例えば村人たちが集団ヒステリーを起こして「野獣を退治しよう」と城に殺到するシーンは、一種のポピュリズム批判になるぐらいの強めの演出が施されていました。また、悪漢ガストンのキャラクターには髪型などにコッソリと「トランプ的な」ニュアンスが付加されていたように思います。

LGBTキャラの登場という話が一部で物議を醸し、アメリカの南部でボイコットがあったとか、マレーシアやロシアの拒否反応の話が大きく報じられていますが、脚本も演出も極めて自然でまったく気になりませんでしたし、私の地元は東海岸ということもあって小学生を連れた家族連れもまったく屈託なく笑っていました。こうした拒絶反応については、ユアン・マクレガーが「今は21世紀だぜ、冗談じゃないよ」と言っていますが、まったくその通りで自然に流れていく感じでした。

そのユアン・マクレガーを含む脇役陣も豪華で、マクレガーとイアン・マッカランのコンビは、素晴らしいセリフの芸を聞かせてくれていますし、何よりも「ポット夫人」を演じたエマ・トンプソンは最高でした。これも少々ネタバレになるのは恐縮ですが、作中の主題曲は基本的にエマ・トンプソンが歌っています。まずソロで朗々歌い上げ、エンディングでの大団円シーンでもリードを取っているのですが、若いときにウェストエンドで活躍した歌唱力は大変な貫禄でした。

歌ということでは、主役のエマ・ワトソンも端正な歌を聞かせていましたし、彼女が『ラ・ラ・ランド』のオファーを蹴って、この作品に賭けたのは正解だったと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

エアバス、受注数で6年ぶりボーイング下回る可能性=

ワールド

EU、27年までのロシア産ガス輸入全面停止へ前進 

ワールド

アングル:中東ファンドがワーナー買収に異例の相乗り

ワールド

タイ・カンボジア紛争、トランプ氏が停戦復活へ電話す
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的、と元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 4
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡…
  • 5
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 6
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 7
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story