コラム

ウクライナ問題、「苦しいのは実はプーチン」ではないか?

2014年03月06日(木)13時54分

 ウクライナでは、クリミア半島にロシア軍が展開する中で、ウクライナ軍との睨み合いが続いています。一方で、アメリカやEUの行動には毅然とした姿勢が見られずプーチンが「やりたい放題」のようにも見えます。

 ですが、週明けの情勢を分析してみると、その奥には「プーチンのロシア」の苦境がチラチラと姿を見せている、今回はその辺をお話しようと思います。

 まず、プーチンの行動ですが、クリミアが欲しいとか、東ウクライナがどうとか、あるいはウクライナを丸ごと「ユーラシア連合入り」させたいなどというのは、全て求心力維持のためのポーズだと思います。2~3月にかけての彼の一連の行動の動機は別にあり、その正体を見せてしまうと権威が失墜してしまうので、「強がる」ために軍隊を見せて領土がどうとか、戦争がどうという「イメージ」を流させているだけです。

 実はプーチンは困っているのです。というのはウクライナでは金融危機が再燃しているからです。このまま何もしないでいると、最も楽観的なシナリオでも6月末の国債の大量償還に対応できずデフォルトになるという見方があります。仮にそうなると、困るのはロシアだからです。

 何故かというと、ロシアは「引き受けているウクライナ国債」、「回収できていない天然ガス代金」、「ロシア系銀行によるウクライナ官民への貸付」の三重のエクスポージャー(価格変動リスクにさらされている資産)を抱えているからです。基本的にロシアとしてはウクライナは潰せません。最悪の場合は、ロシア自体に危機が連鎖します。

 そこでソチ五輪開会式の直前に、プーチンはヤヌコビッチに対して150億ドルの融資を約束しました。但しこの融資には条件が入っていて、カネを貸す代わりに約20億ドルと言われている未払いの天然ガス代金を支払うこと、そしてウクライナが「ユーラシア連合」(いわば旧ソ連帝国再興)を目指した枠組みに入ることを約束させています。

 この「ユーラシア連合」入りというのは、キエフでの反政府運動の激化を招きました。反対にウクライナのEU入りを目指していたグループとしては絶対に許すことはできなかったのです。その結果として100名を超える流血と、ヤヌコビッチの逃亡劇に至ったわけです。

 プーチンは、ではヤヌコビッチを保護し、親ロシアのヤヌコビッチ政権をキエフに戻すつもりなのかというと、どうも違うようです。中国経由の報道ではプーチンはヤヌコビッチに対して「お前には政治的な未来はない」という突き放しをしているという情報もあります。もしかしたら、デモ隊への発砲の背景にはロシアの工作があって、「切り捨てることを前提」でヤヌコビッチに「汚い仕事」をさせたのかもしれません。

 では、どうしてプーチンは軍を出したのでしょう。表面的には親欧米派政権ができて、ウクライナにおけるロシアの影響力が低下するのを牽制したい、そのために利権のある、そしてロシア系住民の多い地域は押さえてしまおう、そのような行動に見えます。ですが、それはあくまでTV向けのパフォーマンスに過ぎないのでは、私はそう考えています。

 兵力の展開というのは、現在、水面下で進んでいる「カネ」をめぐる条件交渉を進める上での「カード」として、具体的に言えば「トラブルの規模を大きくして」欧米を引っ張りだすための「映像パフォーマンス」とも言えます。プーチンは、真剣に戦火を交える意図はない(威嚇射撃はあったようですが)と思われます。というのは、そもそも、ロシア自体が本格的な戦闘に耐えられる状況ではありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=まちまち、ダウ小反落 軟調な経済指標

ワールド

西側同盟国、ウクライナ防衛製品の国外生産に全額資金

ビジネス

米労働省、人員不足でCPIサンプル数削減 データへ

ワールド

米、ガザ停戦国連決議案に拒否権発動 安保理の他の1
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:韓国新大統領
特集:韓国新大統領
2025年6月10日号(6/ 3発売)

出直し大統領選を制する李在明。「政策なきポピュリスト」の多難な前途

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 4
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 5
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 6
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 7
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 8
    ウクライナが「真珠湾攻撃」決行!ロシア国内に運び…
  • 9
    「ホットヨガ」は本当に健康的なのか?...医師らが語…
  • 10
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story