コラム

ウクライナ問題、「苦しいのは実はプーチン」ではないか?

2014年03月06日(木)13時54分

 その背景には、ソチ五輪という巨大なプロジェクトが完了したことで、またその五輪絡みの怪しい使途をはじめとして、余りにカネを使ってしまったために、ロシア政府の財政、そしてロシアの金融事情は悪化しているという問題があります。もしかしたら、ウクライナへの追加融資がテクニカルに難しい状況があるのかもしれません。ロシアの株安、通貨安がこれに追い打ちを掛けています。

 簡単に言えば「ウクライナを潰さないために、西側から少しでも多くの資金を引っ張りたい」それがプーチンの唯一にして最大の動機だと考えれば、すべて辻褄が合うのです。戦車や兵士といったTV向けの「ビジュアル・イメージ」はそのためだと考えられます。そもそも、本当にどれだけの兵力が動いているのか、数量ということでは全く不明なのです。

 一方でEUですが、ロシアへの経済制裁をチラつかせる一方で、ここへ来てウクライナへの約150億ドルという大型融資枠を設定するような気前の良いことを言っています。では、EUはウクライナへの全面支援を引き受ける覚悟があるのかというと、実は怪しいわけです。まず、融資条件にはウクライナの政財界の腐敗に関して、徹底解明するという条件が入っています。

 そうなると、例の「オレンジ革命」などで色々な「芝居」を演じてきたウクライナの各政党の政治家たちも、そこに様々な形で癒着していたプーチンをはじめとしたロシア側も困るわけです。ですから、EUが制裁をチラつかせつつ、融資だとか真相解明だとか言っているのは、要するに「ロシアにもっとカネを出させる」ためだとも言えます。

 さて、アメリカですが、ジョン・ケリー国務長官がキエフに急派されて、デモ隊の犠牲者に対して献花をしています。その一方で、国内では野党共和党のジョン・マケイン上院議員(元大統領候補)などが「オバマ外交は弱腰だ」などと批判を強めています。ヒラリー・クリントンまでが「プーチンの手口はヒトラーと同じ」などと、マケインに同調する始末です。

 ですが、私はオバマ=ケリーは、事態の本質をかなり冷静に見極めていると思います。というのは、ケリーがキエフに携えて行ったのは犠牲者への花束に加えて、10億ドル(1000億円)というケチな融資保証だったからです。刻々と迫るウクライナの危機に対しては「スズメの涙」的な金額に過ぎません。

 この10億ドルという金額は「アメリカはウクライナがデフォルトになっても困らない」という宣言であり、少なくとも「アメリカが顕著な額の負担はしない」という意思表明、更に「デフォルトで困るのはロシアであると見通している」というメッセージであるという解釈が可能です。

 実際にケリー国務長官は「ウクライナ問題の解決にはロシアの関与が不可欠」だとも言っています。これも表面的にはロシアの影響力に屈しているように聞こえますが、要するに「ロシアは応分の負担をせよ」という話です。決して弱腰な姿勢ではないと考えられます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=まちまち、FOMC受け

ビジネス

ドル一時153.00円まで4円超下落、現在154円

ビジネス

FRB、金利据え置き インフレ巡る「進展の欠如」指

ビジネス

NY外為市場=ドル一時153円台に急落、介入観測が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 9

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story