コラム

全日空機が泥酔客をアメリカに引き渡したのは正しいという3つの理由

2014年02月13日(木)13時31分

 今週、成田空港発のニューヨークJFK行きの全日空10便が飛行中に、乗客の男が泥酔して暴力行為をはたらいたり暴言を吐いたりしたため、同機はアラスカ州のアンカレジ空港に着陸し、容疑者は地元の警察に引き渡されたという報道がありました。

 記録を見ますと、同機は午前11時10分に成田を離陸してから、約7時間25分後の現地時間午前12時35分にアンカレジに着陸。約4時間半後の午前5時2分に同空港を離陸して、JFKには午後3時11分に到着しています。予定より約6時間遅れての到着でした。この影響で、折り返しのJFK発の9便成田行きも6時間遅れ、また同経路の「遅便」である1009便も「早便の9便より先に出す」わけには行かなかったのでしょう、1時間遅れとなっています。

 報道によれば「男性は周りの乗客や客室乗務員に向かって大声でわめき出した。おとなしくするよう機長が警告したが、従わなかった」といいます。AP電によれば、容疑者はFBIの取り調べを受けているそうですが、ジンのストレート(小瓶と思われます)を4本とビールを2本飲み、客室乗務員がそれ以上のアルコールの提供を断ったところ、逆上したということのようです。

 ところで、公空上を飛行している航空機の場合、原則として裁判権は航空機の「登録国」にあるという考え方があります。1963年に成立した「航空機内で行なわれた犯罪その他ある種の行為に関する条約(別名、東京条約)」では、そのような考え方が打ち出されているからです。

 ですから、全日空機の場合は基本的に捜査権や裁判権は日本に属することになるわけです。ですが、今回はアンカレジに着陸して容疑者をFBIに引き渡した、つまり一見すると日本国としては国家主権を行使すべきところが「そうではない」格好になっています。ですが、私はこの機長の、そして全日空の判断は正しいと思います。3つ理由を述べます。

 1つ目は、東京条約の指定は「絶対」ではないということです。航空機は余程のことがない限り離陸した土地に戻ることはあり得ないことから、犯罪捜査を迅速に行い、証拠を保全するために「登録国主義」ではなく「着陸国主義」で対処をするということがオプションで設定されています。ですから、今回は機長がそのオプションを選択したというのは条約違反ではないし、その条約を批准している日本国の法令に違反することにもならないと思われます。米国としては、米国領空内で違法行為が発生したという観点、また米国を着陸地とした航空機内での犯罪ということで逮捕が可能だったと理解できます。(注:東京条約の主旨は、機内の治安確保における機長権限の強化にあります。その点で、今回の機長の措置は条約の精神に沿うものと言って良いと思います。また、この東京条約に関しては「着陸国主義」の強化の方向で改訂が進んでいます。これは要するに「着陸国でちゃんと逮捕・拘禁する」ということを義務化する方向なのですが、今回の場合はちゃんとFBIが動いてくれたわけで、その点でも条約の考え方、そして現在考えられている改訂の方向性に沿う動きになったと言えます。)

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB0.25%利下げ、3会合連続 3人が決定に反

ビジネス

FRBに十分な利下げ余地、追加措置必要の可能性も=

ビジネス

米雇用コスト、第3四半期は前期比0.8%上昇 予想

ワールド

米地裁、トランプ氏のLAへの派兵中止命じる 大統領
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎の物体」の姿にSNS震撼...驚くべき「正体」とは?
  • 4
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 5
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 8
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 9
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 10
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story