コラム

日米関係まで揺らぐ危険、靖国問題に落とし所はあるのか?

2013年04月25日(木)19時12分

 靖国神社の春季例大祭にあたり、安倍内閣の閣僚数名とともに、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の168名が集団参拝したというニュースは、アメリカの新聞でも大きく報じられています。ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナルなど軒並み扱いが大きく、記事のトーンは批判的です。

 特に、昨今の北朝鮮情勢を受けてケリー国務長官が東アジア各国を歴訪し、各国の利害を調整した努力の直後だけに、「危機の中での周辺国の結束を乱す」行為に対して米側が「フラストレーション」を露わにしているという表現は深刻に受け止める必要があると思います。

 一方で、中国からは外交ルートを通じた抗議が来ているようですし、韓国からは朴槿恵大統領本人から「日本の右傾化に反対」という発言が出ています。これに対して安倍首相は国会答弁の中で「脅しに屈しない」という挑戦的な表現をしており、全体の状況は極めて深刻であると思います。

 中国と韓国は、首相同士、外相同士の会談で「北朝鮮情勢への対処について連携」すると宣言していますが、この動きにアメリカが乗っていくようですと、ある種の「日本外し」が進んでいくことも懸念されます。オバマ政権はまだ親日ですが、急速に世代交代の進む共和党では「在外米軍基地全廃論」なども出始めており、そうした動きと「日本外し」が重なってくると、日本の外交も安全保障も孤立してゆく危険性すら感じます。この問題は、単なる舌戦では済まないのです。

 そこまで大げさでなくても、今回始まったTPP交渉において、この「靖国問題」があるために、環太平洋の「パートナー」諸国に対して微妙に「借りを作った」形になる可能性はあると思います。やはり、現状に関しては危機感を持つべきです。

 では、靖国問題に「落とし所」はあるのでしょうか?

 以前から議論があるのは、A級戦犯として処刑された人々の「分祀」という問題です。ですが、現状を考えると、それだけでこの「靖国問題」が解決するとも思えないのです。今はもう「戦犯合祀のされている神社に行った」から批判されるという段階を超えており、「戦前の歴史の名誉回復をしたい」という思想の象徴として靖国神社が捉えられているわけであり、「戦犯分祀」だけでは解決にならないように思われるのです。

 以降は私の個人的な提案です。アメリカで「高みの見物」をしている「評論家的な発言」と思われるかもしれません。ですが、個人的な話になりますが、私自身が靖国神社との縁がある人間であり、その個人的な縁を根っことした部分からお話をすることで、どこかで読者の方々の心に響く部分もあるのではと思い、以下を提案させていただく次第です。

 その「縁」ですが、私の母方の高祖父に大久保春野という陸軍軍人がいたのですが、その春野とその父である大久保忠尚という父子が靖国神社の創設に関わっているのです。この父子は、そもそも静岡県の磐田にある淡海国玉神社の神官の家柄でした。ご一新(明治維新)に当たって、新政府軍に志願した父子は、戊辰の役の沈静化後に上野で行われた戦没者慰霊の「招魂祭」で祭司を努めています。

 その後、こうした戦没者の「招魂」のために東京招魂社という神社が設立されて、それが靖国神社に改組されていくのですが、ある意味で「上野の招魂祭」というのはそのルーツだと言えると思います。問題は、この東京招魂社から靖国神社へという動きの中で、大村益次郎や山県有朋などの「長州出身者」の思いが過度に投影されていったということです。

 それが、現在に至る靖国の「黒船来航以来の維新受難者は合祀」するが「朝敵」つまり明治政府軍に敵対した人間は合祀しないという「頑固な」姿勢につながっているのではないか、そのように見ることが可能です。例えば、今年の大河ドラマ『八重の桜』で注目されている会津藩の人々については、鳥羽伏見での戦没者にしても、会津戦争の戦没者にしても「合祀されていない」のです。

 また、同じように「朝敵」となった西南戦争における西郷軍の戦没者も同様です。反対に、長州勢が禁裏に発砲した「蛤御門の変」での長州の戦没者は合祀されています。(この蛤御門での死者についてのみ、会津側の死者も合祀されているのは、朝廷を守ったという大義名分があるからのようです)要するに「長州の視点による歴史観」が濃厚に投影されているのが靖国だということが指摘できるのです。

 ちなみに、大久保父子が「朝敵合祀」を考えていたという証拠はありませんし、熱烈な平田国学の信奉者であった父子には、そこまでの包容力はなかったのかもしれません。

 ですが、少なくとも子の春野は陸軍軍人として、困難な任務(例えば日韓併合前後の韓国駐箚軍の司令官など)に任命されたというのは、非藩閥であるがゆえに「人のいやがる任務」を押し付けられたということよりも、本当にクリティカルな任務には非藩閥で個人的に信頼できる人物を、という明治天皇の意向と言いますか統治者の本能が反映したのではと思うのです。

 その延長上で想像を巡らせるならば、明治天皇以降の歴代天皇の内意としては「過度に長州閥に依存する」ことには抵抗感を持っていただろうし、更に言えば日本国民全員の「統合」の責任を負った存在として、「朝敵も含めた受難者は全て合祀したい」という発想はあったのではと思うのです。

 いずれにしても、この「維新前後における朝敵合祀」ということが1つ、靖国を「正常化」する上で必要なステップではないかと思います。その先に、例えば幸徳事件や甘粕事件の受難者、治安維持法などの違憲性のある法律の犠牲となった人々なども、「明治から昭和の国難の中での受難者」として合祀ができないものかと思います。

 その延長上に、戦災における民間人犠牲、つまり東京大空襲をはじめとする多くの犠牲者、そして広島、長崎の犠牲者が合祀され、更にその延長で清国からロシア、アメリカ、韓国、中国、英国、東南アジアなど「日本が絡んだ戦争での受難者」の全てが合祀される、更には戦前の反日運動や独立運動などでの受難者も合祀されるようなところまで、10年かかっても、20年かかっても持っていくことはできないかと思います。

 そうでもしなければ、近隣諸国との友好は勿論、日本国内の対立、つまり「戦没者の魂が靖国にいる」という立場と、「靖国的な考え方は否定すべき」という世界観が痛々しく対立している現状を乗り越えていくこともできないでしょう。そもそも慰霊のための宗教施設が政治の道具にされ、こともあろうに新たな国内外の対立エネルギーの発火点になっているというのは、異常な事態であると思います。

 神道というのは、時として峻厳な性格を持つ一神教や、自己に厳格な仏教思想などとは違い、母なる大自然に神性を実感する中で、人々の融和を計っていく、そのような包容力のある世界観だと思います。それを「国家神道」へと捏造し、廃仏毀釈などの暴力的な変更を行ったのは、あくまで維新後の混乱を避ける緊急避難的なものであったとして、それを是正しながら、靖国もかつての「包容力」のある伝統へと回帰できないものかと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

ニュース速報

ワールド

焦点:膨張する中国企業の鉱物資源買収、豪加当局が「

ワールド

焦点:中国、コロナワクチン開発で先頭集団に 「戦時

ビジネス

トランプ氏、学校再開へ再び圧力 税制優遇措置など再

ビジネス

英、EUコロナワクチン事前買取案への不参加表明

MAGAZINE

特集:香港の挽歌

2020-7・14号(7/ 7発売)

国家安全法で香港の自由と繁栄は終わり? 中国の次の狙いと民主派を待つ運命

人気ランキング

  • 1

    「香港国家安全法」に反対の立場を取ったトルドーに中国が報復誓う

  • 2

    中国・長江流域、豪雨で氾濫警報 三峡ダムは警戒水位3.5m超える

  • 3

    生き残る自動車メーカーは4社だけ? 「ゴーン追放後」の日産にXデーが迫る

  • 4

    どこにも行かない台湾の「なんちゃってフライト」、…

  • 5

    新型コロナの治療薬候補アビガン、臨床研究で統計的…

  • 6

    韓国ソウルのパク・ウォンスン市長、遺体で発見 セク…

  • 7

    やはり空気感染はあった? だとすれば対策の強化が必要

  • 8

    アフリカ、アジアだけでなく南米でも大繁殖──「地上…

  • 9

    「かくて私は教授を『クビ』になった」大月隆寛、地…

  • 10

    東京都、9日の新型コロナウイルス新規感染224人を確…

  • 1

    「金正恩敗訴」で韓国の損害賠償攻勢が始まる?

  • 2

    中国・三峡ダムに「ブラックスワン」が迫る──決壊はあり得るのか

  • 3

    科学者数百人「新型コロナは空気感染も」 WHOに対策求める

  • 4

    中国・超大国への道、最大の障壁は「日本」──そこで…

  • 5

    孤立した湖や池に魚はどうやって移動する? ようや…

  • 6

    国家安全法成立で香港民主化団体を脱退した「女神」…

  • 7

    東京都、3日の新型コロナ新規感染は124人 小池知事「…

  • 8

    「香港国家安全法」に反対の立場を取ったトルドーに…

  • 9

    新型コロナ、血液型によって重症化に差が出るとの研究…

  • 10

    ウイグル女性に避妊器具や不妊手術を強制──中国政府…

  • 1

    国家安全法成立で香港民主化団体を脱退した「女神」周庭の別れの言葉

  • 2

    「金正恩敗訴」で韓国の損害賠償攻勢が始まる?

  • 3

    中国・三峡ダムに「ブラックスワン」が迫る──決壊はあり得るのか

  • 4

    科学者数百人「新型コロナは空気感染も」 WHOに対策求…

  • 5

    世界最大の中国「三峡ダム」に決壊の脅威? 集中豪…

  • 6

    中国・超大国への道、最大の障壁は「日本」──そこで…

  • 7

    孤立した湖や池に魚はどうやって移動する? ようや…

  • 8

    東京都、新型コロナウイルス新規感染107人を確認 小…

  • 9

    ポスト安倍レースで石破氏に勢い 二階幹事長が支持…

  • 10

    自殺かリンチか、差別に怒るアメリカで木に吊るされ…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

英会話特集 グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メールマガジン登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!