コラム

「日本は年内破綻も」という藤巻健史氏、「破綻は早いほうがまし」というのは本当か?

2013年01月16日(水)12時15分

 1月15日に米ブルームバーグが配信した藤巻健史(フジマキ・ジャパン社長)の発言「安倍政権の景気刺激策は日本のデフォルトを招きかねない」というのは、例によって刺激的な内容でした。同氏は、昨年の5月にも、「日本は最短5年で破綻」という発言を行なっており、この欄でも論評しています。

 藤巻氏の主張の中心である「円安政策は間違いではないが、景気刺激の財政出動は全くの誤り」という指摘に関しては、私も同じ危機感を持っています。ただ、議論が分かれるのは同氏の言う「日本はどうせ破綻するのだから破綻は早い方がいい」という点、そして「どう考えても返せない借金がハイパーインフレでチャラになるのなら若年層からすればメリットがある」という部分でしょう。

 本当にそうなのでしょうか?

 私は違うと思います。まず「早いほうがまし」という点ですが、確かにこのまま少子高齢化が進行して「どうしようもなく労働人口が少ない」とか「産業の競争力が更に失われた」という状態になる前に、つまり日本の国力の「底力」が残っているうちに「衰退から再生へ」という転換ができればそれに越したことはないでしょう。

 では、藤巻氏の言う「破綻は早い方がいい」というのは本当なのでしょうか? 私は違うと思います。どうしてかというと、テクニカルに見て「日本は破綻することすらできない」からです。

 藤巻氏はどう考えているかは分かりませんが、一部には日本の「国債の債務不履行=破綻」というのは、簡単に起きうるという説があります。例えば、日本の国家債務、つまり国債発行残高のほとんどは「高齢者を中心とした国内の個人金融資産」で買い支えられており、破綻しても国際経済に連鎖するインパクトは少ないという議論です。

 私はこれは「マユツバ」だと思います。というのは国債の過半については実際は日本の銀行が引き受けているわけですが、破綻に至る「暴落の過程」では、邦銀も必死になって日本国債を売って外貨建ての安全な資産に変えようという動きをするはずです。少なくとも、日本のメガバンクは実際にNY市場にADR(米国預託証券)を上場していますし、日本国債と心中することは許されません。

 仮に、ハイパーインフレと日本売りが猛スピードで襲ってきたとして、そこで叩き売られる国債は誰が引き受けるのかというと、リスク選好の性格を持つ海外のマネーになると思われます。ということは、仮に破綻となった場合には、「日本の個人金融資産とチャラ」という単純な話にはなりません。そこにはCDS(信用リスクの分散)なども絡んで来るでしょう。

 現在の邦貨換算1000兆円を超える負債は、国債の暴落、円の暴落というプロセスを経ても、尚最終的な破綻時にはドル換算でそんなに小さな額にならないのではないかと思うのです。ということは、日本政府の当座のキャッシュフローに関しては、やはりIMFなり多国籍の枠組みで救済ということになるのだと思います。

 問題はそこです。ギリシャの国家債務はせいぜい20兆円ですが、日本が債務不履行になって破綻した日本が必要とする再建資金は、どう見ても400~500兆円という規模になると思われます。そうなると、IMFなどは吹っ飛んでしまいます。つまり日本というのは国際社会あるいは世界経済から見て「大きすぎて潰せない」のです。

 では、日本は破綻できないとして、どうなるのでしょう? 破綻は不可能ですが、ハイパーインフレや、それと裏表の関係にある国債の暴落や円の暴落というのは起こり得ます。その流れの中で、仮に日本国債のデフォルトが可能性として取り沙汰されれば、恐らくその時点から世界の主要国は「日本を破綻させない」ための対策を突きつけ、圧力をかけてくると思われます。

 それは恐らくは外圧というような生易しいものではないでしょう。小規模国が破綻してIMFの管理下に置かれる場合はルールに基づいた整理と再生がされるわけですが、破綻前に「破綻を回避するためには何でも」という非公式の圧力というのは、極めて政治的でルールのないものになる危険があります。それでも、アメリカとEUが国際的な法体系を駆使して色々と言ってくるのであればまだいいのですが、仮に中国などが大きな存在感を持って「日本問題国際会議」に乗り出してくるようだと大変に面倒なことになります。

 つまり「ガラガラポン」で「スッキリして再出発」などというのは、あり得ないのです。整然としたルールに基づかない政治的な、場合によっては恣意的な外圧を強く受ける中で、日本は事実上国家主権を限定されるという、イヤな重苦しい状態が続く可能性があるように思われます。

 そんな中、激しいスタグフレーション(インフレ下の不況)が進行する、外貨不足のためにエネルギーや鉱業資源が買えないという激しい痛みに耐えなくてはなりません。食糧危機も起こり得ます。その際に「高齢者は資産を失うので、世代間平等が達成される」などという見方は甘いと思います。高齢者の資産の一部は外貨建てのものに逃避しているでしょうし、逆に年金や預金などに頼れない高齢者は生活保護で支えるしかなくなるでしょう。その結果としてのシワ寄せは現役世代に来ると思われます。

 結論を言えば、破綻してスッキリ再出発とか、借金や世代間不平等もチャラというような話は幻想に過ぎないと思います。国債や円の暴落も、ハイパーインフレも絶対に起こしてはならないのです。日本の国力が残っているうちに、日本は自分の力で改革を行わなくてはなりません。改革の方向性は「財政規律の回復」と「競争力の維持」です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏の昨年資産報告書、暗号資産などで6億ドル

ワールド

イラン、イスラエルとの停戦交渉拒否 仲介国に表明=

ワールド

G7、中東情勢が最重要議題に 緊張緩和求める共同声

ワールド

トランプ氏、イスラエルのハメネイ師殺害計画を却下=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story