コラム

オバマだけでなくペイリンも「負けた」中間選挙

2010年11月05日(金)13時36分

 前回のエントリの時点では開票途中だった中間選挙ですが、その後の推移を見ますと、予想に反して上院内総務のハリー・リード候補(民主、ネバダ)が議席を守った一方で、下院では61議席を上乗せした共和党が予想以上の圧勝となるなど、様々なドラマが生まれています。いずれにしても、その共和党を勝利を牽引したのは保守ポピュリズムの「ティーパーティー」だった、表面的にはそう見えます。また解説として間違ってはいないと思います。ですが、その「ティーパーティー」の大姉御であるサラ・ペイリンに関しては、決して「勝利」とは言えない、そんな見方も可能です。それどころか、今回の選挙を契機にして、ペイリン自身が大統領候補に擬せられる動きは、下火になってゆく可能性も出てきたように思うのです。

 確かにケンタッキー州の「リバタリアン(政府極小主義者)」ランド・ポール候補や、三つ巴の戦いを制して圧勝したフロリダのマルコ・ルビオ候補など「ティーパーティー系」の上院議員はかなり当選しています。知事や下院を入れると、それは旋風と言ってよく、その推薦人としてペイリンの力もあったとは言えるでしょう。ですが、ペイリン個人の戦いということになると、今回の選挙結果によってかなり疑問符がついた、そこには3つの理由があります。

 まず1つめは、自分の「お膝元」であるアラスカ州での意外な苦戦です。ペイリンの作戦は順調に見えました。穏健保守の現職上院議員であるリサ・ムコウスキー女史を「潰す」ために、軍人出身で「ティーパーティー直系」のジョー・ミラーという新人を擁立、共和党予備選でムコウスキーを破ったのです。実はその背景には、ペイリン女史がアラスカ州知事になった際に、現職知事だったムコウスキー議員の父親と熾烈な予備選を戦った経緯があり、その遺恨が今回の予備選の泥仕合になったのですが、何と予備選の結果を不服としたムコウスキー候補は「非公認候補」として上院議員選挙に出てきたのです。

 実は、非公認のために「投票用紙に候補者名が印刷されない」という条件でしか立候補できず、そのために支持者には「手書き(ライトイン)」投票を呼びかけるという苦しい選挙になったのですが、本稿の時点でムコウスキー候補が41%に対してミラー候補は34%と大差がついています。手書き投票に関しては州法によって再集計をしなくてはならないので、結果が出るのは来週に持ち越すようですが、ペイリンとしては地元で負けるとなると、これは痛い敗北と言わざるを得ません。

 2点目は、ペイリン人気にあやかった「ティーパーティー系女性候補」が上院で「勝てる選挙」を2つも落としたということです。1人は、私も予測を誤ったネバダ州で、リード院内総務への「刺客」として放ったはずのシャロン・アングル候補は出口調査でも把握できなかった大差(50%対45%)で敗北しています。もう1人はデラウェアのクリス・オドネル候補で、こちらは予想通りの大敗でした。この2人の敗因ですが、まず「候補者の資質」が有権者に疑問視されたこと、そして「女性票が全くダメだった」ことが挙げられます。共和党はペイリン人気に幻惑されたことで、勝てる候補を選ぶことができずにこの2議席を失ったと言っても良いでしょう。そして、この2人の惨敗のイメージは、否が応でもペイリンの資質への疑問という動きへと連なって行く、私はそのように見ています。

 ちなみに、サウス・カロライナ州で「ティーパーティー系」女性知事を目指した、ニッキ・ヘイリー候補はしっかり勝っています。ただ、彼女の場合は「初のインド系女性知事」というユニークさもさることながら、演説も上手で切れ味の良いイメージで勝ってきており、資質という点ではアングル、オドネルの2人とは違いますし、ペイリンとも似て非なるところがあります。というよりも、ヘイリー候補がペイリンの推薦を上手く引き出して勝ったという見方が正しいでしょう。

 今回の中間選挙でペイリンが「公式に推薦」した候補は、64人中当選したのは半数に過ぎなかったという報道もあります。仮にそうであるならば、結局のところ「極端な保守でなくては予備選に勝てない。極端な保守では本選に勝てない」というここ数年の共和党が陥っているジレンマの中で、ペイリン人気というのはあくまで「予備選限定」だった、そんな辛口の見方も可能です。

 3点目はもっと重要な話です。選挙結果は確かに衝撃的ですが、ではこの後の政局は衝撃的に推移するのかというと、どうも違うようなのです。「ティーパーティー」系の候補たちは「医療保険改革の全面撤回」であるとか「一切の公的資金注入の禁止」などという、それこそ過激な公約を掲げて当選してきました。ですが、そもそもそんなことは実現不可能なのです。そうした過激な行動ではなく、実現可能性のあるような穏健で現実的な意思決定に収束してゆく、選挙戦が終わって出てきた政局の雰囲気はそんなムードが支配しています。そんな中、彼らが「集票パワーの根源」にしてきた「怒りのエネルギー」は一晩で沈静化しています。

 例えば恐らくは下院議長に就任して年明け以降の新議会を主導してゆくであろう、ジョン・ベイナー共和党下院院内総務などは、投開票の進む中で行った勝利宣言のトーンは極めて落ち着いたもので、少数党として「大声で反対」をしていたのとは、全く違う「政治への責任感」が感じられました。こうしたムードを受けて、オバマ大統領は3日の水曜日には会見を開いて率直に敗北の責任を認めるとともに、対話の姿勢、妥協の姿勢を見せています。

 もしもペイリンに「野望」があるのであれば、オバマやベイナーというような「当事者」と同じように、ここでトーンを下げて実務的な合意形成の輪に入るべきでしょう。しかし、そうした動きにはならないように思います。それはペイリンに役職が無いからだからではありません。あくまで政界の「噛ませ犬」として、オバマ就任直後の2年間にひたすら反ホワイトハウスの絶叫姿勢を続けて、中間選挙での共和党の躍進に貢献した、その先のストーリーが続かない、見えないからです。

 そのペイリンは「勝利の勢いを駆って」ということでしょうか、選挙の2日後の11月4日には「大統領候補への野心」を匂わせるウェブビデオを発表しています。選挙での勝利を誇示しつつ、最後は「グリズリーの雄叫び」で終わるビデオは「いかにもペイリン」というイメージですが、慌てて発表したところを見ると、周囲が「賞味期限」を意識し始めているという見方もできそうです。「ペイリン大統領候補構想」なるものが「まぼろし」であったことに気づくことで、共和党は意外に早い時期に、真剣に次世代のリーダーシップを探し始めるのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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