コラム

オバマのアジア出張延期の政治的効果は?

2010年03月15日(月)14時21分

 オバマ大統領は、今週3月18日(木)から南アジアへの出張を予定していました。ですが、医療保険改革案に対する議会の動向が最終局面に入ったということで出張を3日延期することになったのです。この出張延期問題ですが、ホワイトハウスのギブス報道官がツイッターで発表してしまったので、「相手国に対する外交儀礼を欠く」として批判にさらされたり、といった妙なエピソードがついたのですが、とにかく延期になったのです。

 さて、この医療保険改革案ですが、昨年の夏から延々と議会の審議が続く「長期戦」になっています。現時点での動向を確認しておくと、まず下院が「公営保険(パブリック・オプション)」を含む民主党案を可決した一方で、上院はこの「公営保険」を含まないより穏健なボーカス妥協案というものを可決しています。何はともあれ、それぞれの議院が何らかの案を可決したというので、一旦は「オバマ大統領は1月下旬に高らかに勝利宣言」ができるのではという雰囲気になったのです。後は、上下両院の協議を待つだけだったからです。

 ところが、1月20日のマサチューセッツ州上院補選が全てをひっくり返しました。「ティーパーティー」運動の後押しを受けた共和党の新人スコット・ブラウンが、故エドワード・ケネディの議席を奪い、これによって民主党は60議席の絶対過半数を失ったのです。一時は、ブラウン新議員が登院する前に、急いで上下両院協議をやって改革案を一本化して通してしまおう、民主党にはそんな動きもありました。ですが、半年後に中間選挙の洗礼を待つ身としては、そんな冒険はできないわけで何もできないうちにブラウン議員は宣誓式を経て正式に議員になってしまったのです。

 そこで、オバマ大統領は猛烈に下院への工作を開始しました。水面下で色々な交渉が行われたようです。「現行の下院案にこだわると、法案通過はもとより、中間選挙で諸君の議席も危うくなるぞ」というような言い方は、流石にオバマ大統領はしなかったでしょうが、要はそんな政治的「空気」の中で、下院の民主党リベラルに対して「公営保険は時期尚早」という妥協を仕掛けて行ったのです。共和党に対しては「アンタたちが一定程度の得票率アップをしてきたのは評価する。だから公営保険を取下げる」というポーズを示す一方で、今や足手まといとなった民主党の左を切り崩しながら妥協案への造反を抑え込みにかかったのです。

 現時点では、オバマ大統領周辺ならびに、かつては公営保険に固執していたペロシ下院議長も、基本的には上院で一旦成立したボーカス案の線で何とかまとまれないか、そんな動きになってきました。テクニカルには今後どう進むかと言うと、仮に上下両院の妥協が成立した場合は、上院サイドとしては「新法案の再可決」ではなく、「既に上院として可決している法案の予算執行上の調整決議(リコンシリエーション)」になるので、60票ではなく単純過半数の51で修正案を通せる(?)のだというのですが、勿論共和党は反発しており、通した後の関連法案で痛い目に会わせてやるとかなんとか、物騒な発言もあるようです。

 とはいえ、下院が過去の公営保険を含む案への固執を止めて、上院妥協案に近い線へと合流してきたとなると、このあたりはアメリカ議会の面白いところですが、そこでさすがに共和党としては「突っ張れない」ということにもなる可能性があり、その辺も含めて、今週の政局には大統領の存在という「重し」がどうしても必要ということのようです。幸い、景気の諸指標も好転していることもあり、もしかすると何とかなりそうという観測もありますが、まだまだ政界は「一寸先は闇」ですから分かりません。仮に完全にダメになったとしても、大統領が国外にいて法案が潰れたのでは権威も何もあったのではないわけですから、とにもかくにもこの3日間というのは重要なのです。

 ちなみに、今回のオバマ大統領の訪問先はインドネシアとオーストラリアです。本来ですと、長年の確執が続いた両国の和解劇などというのは、両国に関係の深い日本外交あたりがしっかり成果として出して行くべきテーマだったのです。ですが、今回のオバマ来訪に合わせるようにして、恐らくは対中国、対インドの対抗勢力として両国が握手をするというのは、これまた日本の存在感低下を見せつけられるような気分になってしまいます。

 ただ、この3日間の延期ということに関しては、日本としては大いに利用すべきです。問題は、反捕鯨団体「シーシェパード」の船「アディ・ギル号」の船長ピーター・ベスーンという男を海保が逮捕・送検しているという事態の緊張感が高まっていることです。この男はニュージーランド国籍ですが、長年の仇敵であったはずの豪州でも日本の捕鯨に反対する空気が濃厚になっており、オバマ大統領が訪問したとして、この話題が出ないとも限りません。オバマは賢い人なので「華麗にスルー」してくれそうな気もするのですが、豪州が「ボウボウに燃えている」とそうもいかないわけで、何とか事態の沈静化をしておきたいところです。

 問題は今回の逮捕劇が「抗議文を渡そうとして乗船を強行した」容疑の逮捕だということです。ここに大きな問題があります。日本では「悪いヤツは悪いのだから別件逮捕も本丸への突破口」であるとか「微罪でも逮捕されれば社会的には抹殺」というカルチャーがありますが、欧米はそうではありません。そうした「別件」的攻め方をしても、「そんな卑怯な」とばかり相手はどんどん胸を張ってきます。そうではなくて、過去の暴力事件、とりわけ悪質な薬品の投げ込みや、船舶による体当たり行為の告発キャンペーンを繰り返し行う、そうした方法を取らなくてはダメだと思います。

 また、豪州の反捕鯨ムードの背景には、「過去30年間、あれだけカネの力で大きな顔をしてきた日本人が、カネがなくなると急速に自分たちを見捨てている」ことへの反発があるのだと思うのです。その辺りについて、政財界や民間の対策も必要でしょう。とにかく、オバマのくれた3日の猶予を日本は対豪州政策において無駄にしてはいけないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米政権が刑事訴追警告とパウエル氏、金利巡る圧力強化

ワールド

イラン抗議デモで死者500人超、トランプ氏「強力な

ワールド

トランプ氏、ベネズエラ石油収入の差し押さえ阻止へ大

ビジネス

パウエルFRB議長を捜査、米連邦検察 本部改修巡り
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画をネット民冷笑...「本当に痛々しい」
  • 4
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 9
    飛行機内で「マナー最悪」の乗客を撮影...SNS投稿が…
  • 10
    決死の嘘が救ったクリムトの肖像画 ──ナチスの迫害を…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 6
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 7
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 8
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 9
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 10
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story