コラム

パリ五輪と米大統領選の影で「ウ中接近」が進む理由

2024年07月30日(火)12時30分

ウクライナ戦争に関してトランプは「自分が大統領になれば1日で終わらせる」と述べているが、それはもちろん「米軍が全面的に展開してロシアを追い払う」といった意味ではなく、「支援を停止してでもウクライナに停戦交渉をさせる」という暗示だろう。

ウクライナ政府はこれまで各国から働きかけがあっても、「ロシア撤退がなければ交渉はない」と停戦交渉そのものを拒絶してきた。

パリ五輪で"一時封印"された政治危機

アメリカだけでなくヨーロッパ各国でもウクライナ支援の継続に消極的な世論が広がっている。パリ五輪が開催されているフランスは、その典型だ。

五輪開催直前の7月初旬に行われたフランス議会選挙では、左派政党の連合体"新人民戦線"と極右政党"国民連合"が大幅に議席を増やした。

その後フランスはパリ五輪に忙殺され、大統領と議会の対立は一時棚上げにされた。しかし、五輪が終わって熱狂が覚めれば、マクロンは再びウクライナ支援に否定的な世論の突き上げに直面することになる。

フランスが反ウクライナ侵攻の拠点でなくなれば、その影響はヨーロッパ全土に及ぶと想定される。つまり、ウクライナからみてヨーロッパもこれまで通りの支援を期待しにくい。

中国の立場と利益

もっとも、"ロシアと手を組む中国に停戦の仲介なんかできるはずがない"という意見もあるだろう。

もちろん、中国はアメリカをはじめ先進国とは立場が異なる。

ただし、ウクライナ政府が強調したように、黒海沿岸で戦闘が続くことが中国の「一帯一路」構想にとって妨げになることは確かだ。

さらに、一般にいわれているほど、中ロの"無制限の協力"は無制限ではない。実際、中国はどさくさに紛れてロシアの"裏庭"中央アジアへの進出を加速させている。

ウクライナ戦争に関していうと、中国は公式には中立を標榜していて、ウクライナとの取引も多い。

今年5月だけでも中国-ウクライナ貿易額は8億5000万ドルを超え、前月のアメリカ-ウクライナ貿易額の約1億8000万ドルを大きく上回った(ウクライナは中国の「一帯一路」構想に参加している)。

さらに中国は今年4月にはウクライナ停戦交渉のための6項目からなる提案をブラジルと共同で発表している。

その一方で、今やプーチンが耳をかす相手は習近平だけだろう。

クレバ外相との会談後、王毅外相はメディアに対して「ウクライナは今や中国に"仲介者"としての役割を期待している」と述べた。これは暗に「アメリカでもロシアでもなく中国こそ世界の安全に責任を果たす大国」とアピールしたかったとみてよい。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story