コラム

災害大国なのにフェイクニュース規制の緩い日本──「能登半島地震の教訓」は活かせるか

2024年01月11日(木)20時50分

アメリカにある国際メディア支援センターによると、偽・誤情報の拡散を法的に禁じている国は全世界に78カ国にのぼる。ただし、そのほとんどは新興国・途上国で、規制がむしろ政府批判の取り締まりに利用されることも珍しくない。78カ国にはロシアや中国も含まれる。

その裏返しで、先進国における偽・誤情報の規制はどうしても強制力のないものになりやすい。

日本の場合、2022年10月に施行されたプロバイダ責任制限法は、プラットフォーム事業者による自主的な削除や監視、ファクトチェックの推進などを支援している一方、誹謗中傷をした者の情報開示の裁判手続きを簡素化するなど被害者救済をテコ入れしている。

しかし、それは言い換えると、被害者が被害届を出したり裁判に訴えたりしない限り、偽・誤情報を拡散しただけで自動的に罪に問われるわけではなく、明らかに事実無根の投稿でもそれだけで政府が削除を命じたりすることは難しい。

ここに偽・誤情報の規制と表現の自由のバランスを保つ難しさがある。

「外部からの干渉」に特化する先進国

もっとも、先進国のなかにもアメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアなど、偽・誤情報を規制している国もあるが、そのほとんどは「世論の撹乱を狙った外国と結びついた偽情報」に焦点を絞っている。

アメリカの2016年大統領選挙におけるロシアの干渉疑惑など、欧米では外部からの偽情報への警戒が高まっているが、災害に関しても同様だ。

たとえばアメリカ緊急事態庁(FEMA)のクリスウェル長官は昨年12月、マウイ大火災などの際、ロシアや中国と関係のあるとみられるアカウントから多くの偽情報が発信されたと指摘している。生成AIの登場はこうした懸念に拍車をかけている。

ただし、安全保障の観点から外部からの偽・誤情報に対応する必要があるのは確かだが、その一方で注意すべきは国内で生まれる偽・誤情報も少なくないことだ。

たとえばヨーロッパ政策センターの報告書は「人々の認知を歪めるような操作された情報の多くはホームグロウン」と指摘している。それは災害時に限らない。トランプ前大統領の支持者が2021年1月にアメリカ連邦議会を占拠した後、偽情報研究で世界をリードするアメリカのデジタル法医学研究所などの専門家は「ドメスティックな偽情報の取り締まり強化」を求めている。

アメリカでは白人極右団体に関しては「表現の自由」を理由に、テロ組織リストにほとんど含まれない。同様に、ほとんどの先進国は日本を含めて、表現の自由との兼ね合いでドメスティックの偽・誤情報の取り締まりにどうしても慎重になりやすい。

そのなかでも日本の場合、外部と結びついた偽・誤情報を取り締まる法律すらない。そのため「国産」の取り締まりは遠く及ばない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story