コラム

「中東唯一の民主主義国家」イスラエルの騒乱──軍やアメリカも懸念する司法改革とは

2023年07月31日(月)15時55分

イスラエルの場合、ネタニヤフ首相が2019年に汚職などの容疑で起訴され、裁判が現在進行形で続いていることも、司法改革への批判を強める背景になった。

そのため、今年1月に司法大臣が改革案を発表した直後、最大都市テルアビブで数万人の抗議デモが発生し、それを皮切りに抗議活動は各地に広がってきたのである。

 
 
 
 

そのなかで警察はしばしば放水銃や閃光弾なども用いてデモ隊を鎮圧してきた。

イスラエルを分断するもの

ネタニヤフ政権への批判は広範囲にわたり、7月24日にはイスラエルを代表する150の民間企業は共同で司法改革に反対した。また、「中東のシリコンバレー」とも呼ばれるイスラエルではICT系を中心とするスタートアップ企業が多いが、その連合体の調査によると、加盟企業の約70%が社会不安などを理由に国外移転を検討している。

こうした抗議は、政府の権威主義化だけが理由ではなく、そこにはユダヤ教保守派に対する優遇への反発も見受けられる。

旧約聖書の記述をそのまま受け止めようとするユダヤ教保守派は超正統派とも呼ばれる。

最高裁はジェンダー平等や性的少数者の権利保護などで、これらに否定的な超正統派としばしば対立してきたが、そのなかでも最大の争点の一つが徴兵制の免除だった。

独立以来、周辺のアラブ諸国と対立してきたイスラエルでは男女とも徴兵制の対象になるが、いくつかの免除条項がある。ユダヤ教徒でもとりわけ信仰に忠実な超正統派であること、なかでも神学校で学んでいることはその一つだった。

マイノリティの信仰と徴兵制が摩擦を招くことは珍しくない。ナチスによる徴兵を拒絶した「エホバの証人」がヒトラーに粛清されたことは、その典型的な事例だ。

イスラエルでは独立当初、超正統派がごくわずかしかいなかったため、この免除は受け入れられやすかった。

しかし、1970年代からの宗教復興により、超正統派は現在、全人口の10%程度を占めるに至っている。それにつれて世俗派の不満は大きくなり、2014年には当時連立政権の一角を占めていた中道右派政党の主導で、超正統派に対する免除が法的に廃止された。

ところが、その後ネタニヤフ政権がより一層右傾化するなか、超正統派の免除の再導入を提案する政治家はしばしば現れたが、その度に裁判所はこれを阻んできた。

かつてと異なり、超正統派に基づく右派政党は今やネタニヤフ政権の中核を担っており、イスラエル政治の本流に近い位置にある。それにもかかわらず徴兵制が免除されれば、マイノリティに対する配慮というより発言力を背景にした特権といった方が良い。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、インドの原油購入停止「承知せず」 米印合意

ワールド

ロシア、ウクライナのエネ施設に集中攻撃 新たな3カ

ワールド

焦点:外為特会、減税財源化に3つのハードル 「ほく

ワールド

スペイン、16歳未満のソーシャルメディア利用禁止へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗り物から「勝手に退出」する客の映像にSNS批判殺到
  • 3
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れるアメリカ」に向き合う「日本の戦略」とは?
  • 4
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 7
    地球の近くで「第2の地球」が発見されたかも! その…
  • 8
    最長45日も潜伏か...世界が警戒する「ニパウイルス」…
  • 9
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 10
    関節が弱ると人生も鈍る...健康長寿は「自重筋トレ」…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 6
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 7
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 8
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 9
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 10
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story