コラム

「中東唯一の民主主義国家」イスラエルの騒乱──軍やアメリカも懸念する司法改革とは

2023年07月31日(月)15時55分

戦争を主導するが兵役は免除される

そのうえ、超正統派の台頭はイスラエルの攻撃的とさえいえる外交方針の一因ともなってきた。

イスラエルとアラブ、イスラーム世界との間で最大の懸案といえるパレスチナ問題で、ネタニヤフ政権は一切の妥協を認めない方針を強めている。

 
 
 
 

今年4月、イスラエル警察は東エルサレムにあるアル・アクサ・モスクを襲撃した。信者が重傷を負わされた映像は国際的に批判を集め、国連のグテーレス事務総長は「ショックで愕然とした」と述べ、アラブ連盟は「イスラエルの犯罪」と批判した。

イスラエルはパレスチナの分割を定めた国連決議に反して、エルサレムの東半分を含むヨルダン川西岸地区を実効支配し、ユダヤ人を入植させてきた。この「占領政策」は1990年代頃から超正統派が力を増すにつれ、エスカレートしてきた。

現在のパレスチナ一帯は、旧約聖書で「神がユダヤ人に与えると約束した土地」と記されるカナンに当たる。ユダヤ教の教義にあくまで忠実であろうとする超正統派はこの記述をより所に、パレスチナを人間の都合で分割してはならないと主張する。

「神との約束」を持ち出して国連決議をも無視し、実効支配を続けることは、当然のようにアラブ、イスラーム世界の反感を招き、それ以外の国からも懸念を招いてきた(超正統派や神学生のなかにも占領政策に反対する声はあるがかなりの少数派)。

要するに、超正統派の多くはパレスチナとの対決を先導してきたわけだが、長年徴兵制を免除されて自らはその対決の最前線にほとんど立ってこなかった。

先述のように、この徴兵制免除は廃止されたが、再導入すべきという右派政治家の圧力を阻んできたのは最高裁である。

こうしてみた時、三権分立を制限する今回の改革に、超正統派以外、とりわけ世俗的な有権者の不満を呼んだとしても不思議ではない。

軍からの反対意見

超正統派の優遇には最前線に立つ軍からも反対の声があがっており、ネタニヤフ政権の司法改革に反対する1000人以上の予備役が職務放棄を宣言した。

こうした状況にハレビ参謀総長は7月23日、兵士に当てたメッセージで「危険な分裂」に警鐘を鳴らした。「我々が強固な軍隊でなくなれば、我々の国はなくなる」。

これは一見、兵士に自重を求めるメッセージだが、分裂を大きくした政府への苦言とも受け取れる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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