コラム

忘れられたミャンマーの人道危機──市民を標的にした攻撃の発生件数はウクライナと大差なし

2023年05月23日(火)14時15分

軍事政権が抗議デモも力づくで弾圧するようになった結果、武装闘争を選択する者も現れた。クーデタの約半年後の2021年9月、スー・チーと民主化を支持する勢力の連合体、国民統一政府(NUG)は軍事政権への反抗を全土に呼びかけた。

これに呼応したのが、もともとミャンマー軍と対決してきた少数民族の武装組織だった。

ミャンマーでは1980年代以来、少数民族を居住地から追い払い、人口の6割以上を占めるビルマ人を移住させる「ビルマ化政策」がエスカレートした。これに対抗する少数民族の武装組織が林立し、各地で軍との衝突を繰り返してきたのだ。

こうしてNUGといくつもの少数民族の武装組織がミャンマー軍と争う構図ができた。NUG配下の人民防衛軍(PDF)の一部は、戦闘経験が豊富な少数民族の武装組織に軍事訓練を受けているといわれる。

「四断戦略」の特異性

こうして2021年から広がった軍事衝突のなか、ミャンマー軍はNUGや少数民族の武装組織を社会的に孤立させるため、その支持基盤になりかねない者に恐怖心を植え付ける戦術をエスカレートさせてきた。

冒頭で紹介したコネ・ヤワール村をはじめ、ミャンマー軍の焦土作戦が展開されているのは、その多くがクーデタ反対のデモが発生した地域だ。

また、北部では2021年以降、キリスト教会が兵士に放火され、聖職者が殺害されたうえ指が切り落とされて結婚指輪まで略奪される事案まで発生している。この地に多く暮らす少数民族カチン人のほとんどはキリスト教徒で、仏教徒中心のミャンマー軍・政府ととりわけ長く敵対してきた。

市民に対するミャンマー軍の残虐行為は武装組織を支持させないことを目的にしたもので、四断戦術(four cut)と呼ばれる。つまり、情報、資金、食糧、補充兵の四つを武装組織から奪い取る、ということだ

正規軍が神出鬼没のゲリラ戦を展開する武装組織に手を焼き、その支持基盤となる農村などを焼き討ちすることは、冷戦時代からしばしば発生してきた。アメリカ主導のベトナム戦争は、その象徴だった。

冷戦終結後、とりわけこの手法が目立つのはロシア軍だ。

1990年代にロシア南部カフカス地方の独立を求めたチェチェン人勢力に対して、ロシア軍は戦闘機や燃料気化爆弾まで投入して掃討作戦を展開した。反体制派の拠点となっていた中心都市グロズヌイは瓦礫の山になり、国連は2003年に「世界で最も破壊された都市」と呼んだほどだった。

国内の勢力を相手に、自らの国土の一部を灰にすることも厭わないミャンマー軍の四断戦術は、これに近いものといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米政権、航空便の混乱悪化を警告 政府閉鎖長期化で

ワールド

トランプ氏、サンフランシスコへの州兵派遣計画を中止

ワールド

トランプ氏、習主席と30日に韓国で会談=ホワイトハ

ワールド

ガザ地表の不発弾除去、20─30年かかる見通し=援
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 3
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 4
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 7
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 8
    「石炭の時代は終わった」南アジア4カ国で進む、知ら…
  • 9
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story