コラム

一線を超えた香港デモ──「優秀な人材が潰されるシステム」はどこへ行く

2019年10月03日(木)16時20分

香港警官がデモ参加者を撃って重傷を負わせたことを非難するイラストを掲げるデモ参加者(10月2日、被害者の通う荃湾公立何傳耀紀念中学にて) Susana Vera-REUTERS


・香港では抗議デモに参加する若者が多いだけでなく、とりわけ高学歴の若者ほど海外移住を目指す者も多く、両者は社会のあり方を拒絶する点で共通する

・一方で、香港政府の責任者、林鄭月娥長官は優秀な公務員だが、騒乱の責任の大部分を負うはずのボスから権限を与えられないまま、対応することを求められている

・香港デモの当事者である両者の姿は、優秀な人材が潰されるシステムの弊害を浮き彫りにする

デモに参加していた18歳の若者が警官の発砲を受けたことで、香港デモは新たな局面を迎えた。エスカレートする騒乱は中国による統治がかかえる根本的な問題を図らずも浮き彫りにしたといえる。それは優秀な人材が潰されるシステムである。

優秀な若者ほど海外を目指す

香港のデモは若者が中心だが、その背景には「がんばっても将来の見通しが開けない社会」への不満がある。

1997年の返還以降、中国資本が大量に流入し、さらに本土との取引が増えたことで、香港ではそれ以前にも増して景気がよくなった。

ただし、その一方でインフレが歯止めなく進行した結果、生活コストは上昇。とりわけ住宅難は深刻で、一人あたり床面積は16平方メートルにとどまる。これは日本の国土交通省が住生活基本計画で定める一人あたり25平方メートルと比べても狭い。

こうした不満を背景とする抗議活動と並行して、香港では若者を中心に海外移住も盛んだ。台湾の中央研究院の呉親恩博士の調査によると、香港では42.7%が海外移住の意向をもっており、これは台湾(38.5%)や日本(29.6%)と比べても高い。

さらに香港政府によると、海外に移住する者は過去5年間、毎年10%前後のペースで増加しており、2017年だけで24300人にのぼったが、なかでも若者が増加している。

デモへの参加と海外移住は、手法こそ違うものの、社会の現状を拒絶するという意味では同じだ。「文句があるなら出ていけ」といわんばかりの支配は、実際に出ていける優秀な若者の流出を促してきたといえる。

行政長官の悲哀

その一方で、「潰されている」のは若者だけでなく、香港デモのもう一方の当事者である行政長官も同じだ。

デモが3カ月を超え、長期化するにつれ、香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官への非難は、香港市民の間でも高まる一方だ。

ただし、彼女を擁護する気は全くないが、同情の余地はある。というのは、「問題発生に大きな責任を負うはずのボスから事態の処理を押し付けられ、しかも実質的な解決を目指す権限もほとんど与えられていない」からだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏CPI、4月はサービス上昇でコア加速 6月

ワールド

ガザ支援の民間船舶に無人機攻撃、NGOはイスラエル

ワールド

香港警察、手配中の民主活動家の家族を逮捕

ビジネス

香港GDP、第1四半期は前年比+3.1% 米関税が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story