コラム

モルディブ大統領選挙での親中派現職の敗北──それでも中国の「楽園」進出は止まらない

2018年09月27日(木)16時00分

これと連動して、ヤミーン政権は野党の取り締まりを進め、独裁的な傾向を強めた。前大統領が亡命を余儀なくされ、最高裁判所が野党政治家の釈放を命じるとヤミーン氏はこの命令を覆すよう求め、それが実現されないとみるや2018年2月に非常事態を宣言。憲法を一時停止した。

中国に傾斜した独裁政権のもと、モルディブはインドとの関係が冷却化しただけでなく欧米諸国とも対立。2016年10月にモルディブは、イギリスの元植民地である各国の連合体、英連邦からの脱退を宣言したが、そのきっかけは英連邦で人権侵害を批判されたことにあった。

出来レースの転覆

9月23日の大統領選挙でも、ヤミーン政権は治安部隊を各地に配置して野党候補を取り締まった他、実質的な報道規制を敷くなど、露骨な介入をみせた。そのため、野党ソリ候補は苦戦が予想されていた。

ところが、フタを開けてみれば、ヤミーン政権の出来レースは見事にひっくり返された。

野党の統一候補となったソリ氏は、民主化を求めるリベラルからイスラーム団体に至るまで、ヤミーン政権に不満を抱く幅広い層の支持を集め、58.3パーセントを得票した。ヤミーン氏の勝利宣言を受けてインド政府はいち早く祝電を送り、欧米諸国からも「民主主義の発展」を祝うメッセージが相次いだ。

その後、焦点はヤミーン氏が敗北を受け入れるかになったが、24日にヤミーン氏が「モルディブの人々は昨日、自分たちで決定した。私はその結果を受け入れる」と声明を出したことで、安定的な政権交代が実現することになった。

「中国とインドは協力すべき」

これに対して、中国の反応は総じて静かだ。選挙から2日たった25日、中国政府はようやくソリ氏に祝電を送り、中国政府系の英字紙グローバル・タイムズは「中国とインドはモルディブで協力すべき」という論説を掲載した。

支援していた「独裁者」の敗北が中国にとって痛手であることは間違いなく、外交的に守勢に立っている印象は拭えない。

大統領選挙期間中から、インドや欧米諸国はソリ氏支援を明確にしてきた。これに加えて、国民のほぼ100パーセントがムスリムであることから、スンニ派の中心地サウジアラビアとの関係も、モルディブにとっては重要だ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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