コラム

「難民と言わないこと」にこだわる日本の異様さ

2022年03月22日(火)10時45分
ウクライナ難民

UMIT BEKTAS-REUTERS

<ロシア政府は「戦争ではない」と言うが、ウクライナを逃れた人々を日本政府が「避難民」と呼んでいることをご存じだろうか。言葉の操作は必ずしも権威主義的な体制下でのみ起こるわけではない>

ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、言葉をめぐる不穏な動きが相次いでいる。

プーチン政権は当初から自らの行動を「特別軍事作戦」と称し、「戦争」や「侵攻」などの表現を使ったメディアには記事の削除を要求していた。3月に入ると統制はエスカレートし、報道などがロシア軍に関する偽情報の流布と見なされれば最大15年の禁錮刑を科すという刑法の改正にまで至った。

言葉は現実認識を大きく左右する。だからこそ、権力者は言葉の選択範囲を狭め、その定義をゆがめることで、人々の思考に作用しようとする。

「戦争と言わないこと」に執拗にこだわるプーチン政権の姿は、小説『1984年』の「戦争は平和」というスローガンを想起させる。

だが、こうした言葉の操作は必ずしも権威主義的な体制下でのみ起こるわけではないし、刑事罰を科すようなハードな介入ばかりでもない。

例えばウクライナを逃れた人々を日本政府があえて「難民」ではなく「避難民」と呼んでいるのをご存じだろうか。首相官邸の英語発信でもrefugee(難民)でなくevacuee(避難民)の語を当てている。

自民党の小野田紀美参院議員(前法務大臣政務官)は「ウクライナから避難された方々は(中略)一時的な『避難民』であり難民ではありません」とツイッターに投稿した。

難民条約の定義に当てはまらない、あくまで一時的な受け入れだという言い方は、難民条約を非常に狭く解釈することで大多数の申請者を不認定としてきた行政の在り方に重なる。

だが、彼らは本当に難民ではないのか。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のグランディ高等弁務官が「ウクライナからのrefugeeが300万人を超えた」とツイートしているが、彼のほうが間違っているのか。

UNHCRの「難民とは?」というページには「政治的な迫害のほか、武力紛争や人権侵害などを逃れるために、国境を越えて他国に庇護を求めた人々」と書いてある。ウクライナの戦禍を逃れた人々を難民と呼ぶのに何の違和感もない。

実際のところ、フォンデアライエン欧州委員長もバイデン米大統領もウクライナの文脈で「refugee」を使っており、多くの英語メディアも同様だ。

国境なき医師団やユニセフも「難民」と言っているし、UNHCRの日本語版ホームページのトップには「ウクライナでは第二次世界大戦後最も急速に難民危機が拡大」と記されている。

プロフィール

望月優大

ライター。ウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。著書に『ふたつの日本──「移民国家」の建前と現実』 。移民・外国人に関してなど社会的なテーマを中心に発信を継続。非営利団体などへのアドバイザリーも行っている。

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