コラム

衆院3補選の結果が示す日本のデモクラシーの危機

2024年04月29日(月)21時40分

腐敗した政治に辟易とした有権者

一つには、東京15区特有の選挙情勢がある。江東区の政治状況は混乱を極めていた。2023年4月の江東区長選挙は保守分裂選挙となった挙げ句、勝者陣営の木村弥生前区長(前自民党衆議院議員)が有料ネット広告配信と買収の公職選挙法違反で在宅起訴され(公判中)、「指南役」の柿沢未途前衆議院議員(自民党)も逮捕・起訴された(懲役2年執行猶予5年の判決確定)。

江東政治を司ってきた「柿沢家」や「木村家」が自沈する中で、元区長や前都議を輩出した「山崎家」は今回沈黙を保ち、地元から選出する保守系候補者が不在となる異例の事態に陥っていた。そこに手を挙げたのが作家・乙武洋匡氏だった。

小池百合子都知事の後押しを受け、政治団体「ファーストの会」副代表に就任した乙武氏に対して、独自候補の擁立を諦めた自民党は当初、「推薦」を出す方針だった。ところが4月8日の出馬会見で乙武氏は「現時点で推薦依頼を出している事実はない」と強調、与党推薦を実現化させる動きに冷水を浴びせてしまった。

乙武氏は、2023年区長選挙で木村弥生陣営を応援していた経緯や自身の女性問題の指摘(蒸し返し)もあり、自公支持層を組織的に掴むには至らず、結局、当選した酒井菜摘元区議(立民)に約3万票の差をつけられる5位に終わった。

自民党の不祥事に憤る有権者には、「お灸を据えたい」として与党支持者であっても野党にあえて投票する者もいれば、「投票しない」という選択肢を取る者もいる。

今回の補選で、前者の票を掴んだと言えるのが、地元で生まれ育った無所属の須藤元気候補(2019年に立民から当選した前参議院議員)だろう。2万9669票を獲得し、次点につける大健闘を見せた。これは次の機会につながる得票数だ。

また、「行き場」を失った保守層の一部は、選挙報道で「泡沫候補」扱いをされる冷遇を受けた日本保守党の飯山陽候補(イスラム思想研究者)に流れたものと思われる。組織票が実質的にないと言えるにも関わらず飯山候補は、保守層の胸に突き刺さるような演説を行い、2万4264票を獲得した。

問題は、残る有権者だ。前回総選挙(令和3年)の投票者数は249,103人だったが、今回の補選における投票者は17万5108人。7万3995人も減少していることを考えると、「お灸を据えたい」と思う与党支持層のうち何割かは、野党候補に投票するのではなく、単に選挙を「棄権」するという選択肢を選んだのではないか。補選の低投票率という一般的現象を差し引いても、腐敗した政治に辟易とした有権者が一定程度、投票行動自体を放棄したと言える可能性があるとしたら、その「視線の冷ややかさ」は日本のデモクラシーの危機というべきではないだろうか。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story