コラム

高年齢層の雇用拡大は新卒採用にどう影響するか?

2020年09月07日(月)15時15分

まず、高年齢者と若年者の雇用の間には「代替性」がある、つまり高年齢者の雇用確保措置は若年者の雇用を抑制すると主張する先行研究から紹介する。井嶋(2004)2は2004年に実施したアンケート調査(調査対象:常用労働者30 人以上を雇用する企業1704 社)を用いて重回帰分析を行い、新卒採用と継続雇用は負の関係にあり、統計的にも有意であるという結果を出した。原(2005)3は、労働政策研究・研修機構が2004年に実施した「若年者の採用・雇用管理の現状に関する調査」を用いて重回帰分析を行い、企業の中高年齢化や労働組合が企業の新卒採用を減少させる要因であることや、正社員数が300人以上の企業で新規学卒採用が抑制されていることを確認したと説明している。

一方、清家・山田(2004)4は1992〜2002年の 10 年間の OECD データを用いて国際比較を行い、15〜24歳の若年者失業率が低下した国ではむしろ 50〜64歳の高齢者就業率が高くなる傾向があると主張した。Kondo5は、2016年に高齢雇用者とフルタイムの若年雇用者(25 歳以下)の関係性に関する分析を行い、高齢者雇用と若年者雇用の代替関係を示す事実は表れなかったと主張している(データ:『雇用動向調査』2002~2008年、2006~2011年のデータからパネルデータを構築)。

多様な人材が活躍できる社会を目指して

新型コロナウイルスの影響でテレワークが普及するとともに2021年4月から高年齢者雇用安定法の改正案が施行されると、高年齢者の雇用は更に増える可能性がある。昨今では、景気も比較的悪くなく、若者人口の減少による労働力不足が問題になっているので、高齢者に対する雇用推進政策が若者の雇用に大きな影響を与えなかったのではないかと考えられている。

しかしながら、新型コロナウイルスの影響により今後景気が後退すると、高齢者と若年者の間の雇用は代替性が強くなる可能性が高まり、高齢者の就業により若者の採用が抑制される「置き換え効果」が起きる恐れがある。

太田(2019)6はこのようなことが起きないように、「職場において高齢者と若年者が互いに良い影響を及ぼし合うような仕組みを確立し、両者の補完性を高めていく」必要があると提案している。補完性が高ければ、「すでに高齢者がいるから若者の採用を控えよう」ではなく、「高齢者がいるからこそ、若者を採用しよう」という状況が生じやすくなると主張している。

────────────
2)井嶋俊幸(2004)「企業における今後の中高年齢者活用に関する調査」編『中高年齢者の活躍の場についての将来展望―就業者数の将来推計と企業調査より』第 4 章、労働政策研究報告書 No.L6、pp.41-71、労働政策研究・研修機構.
3)原ひろみ(2005)「新規学卒労働市場の現状―企業の採用行動から」『日本労働研究雑誌』No.542, pp.4-17.
4)清家篤・山田篤裕(2004),『高齢者就業の経済学』,日本経済新聞社.
5)Kondo, A. [2016], "Effects of Increased Elderly Employment on Other Workers' Employment and Elderly's Earnings in Japan", IZA Journal of Labor Policy, 5:2.
6)太田聰一(2019)「高齢者と若年者の雇用の代替関係について」『季刊個人金融』2019秋、pp67-76.

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、香港紙創業者の有罪「残念」 中国主席に

ワールド

ゼレンスキー氏、ロシアが和平努力拒否なら米に長距離

ビジネス

ナスダックが取引時間延長へ申請、世界的な需要増に照

ビジネス

テスラ、ロボタクシー無人走行試験 株価1年ぶり高値
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 7
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 8
    「職場での閲覧には注意」一糸まとわぬ姿で鼠蹊部(…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story