コラム

韓国政府の医師増員計画に専門医がストライキ──医師不足と地域格差の解消法は

2020年08月21日(金)11時15分

新型コロナウイルス対策では政府に協力的な立場を見せていた彼らがここまで強く反発する理由はどこにあるだろうか?彼らの主張を整理すると次の通りである。

(1)人口1,000人当たり医師数の年平均増加率はOECD平均より高い。

専攻医協議会は、韓国における人口1,000人当たり医師数はOECD平均より低いものの、人口1,000人当たり医師数の年平均増加率は韓国がOECD平均を上回っており、この傾向が続くと2028年には人口1,000人当たり医師数がOECD平均より高くなるので、財源を使って医師数を増やすより、地域の医療施設を増やす政策を優先的に実施すべきであると主張している。専攻医協議会は大学に入学してから専門医になるまでに平均して15年かかることを強調しながら、これから8年後には医師数がOECD平均を上回ることになるのに、なぜ2022年から15年以上もかけて医師を増やす必要があるのかと政府の対策の問題点を提示した。

専攻医協議会が提示したデータの出所が明確ではなかったので、OECDのデータを用いて2000年から2018年までの人口1,000人当たり医師数の年平均増加率を見たところ、韓国は3.5%でOECD平均1.5%より確かに高いことが確認された

(2)医師の地域格差はむしろOECD加盟国の中で小さい

韓国政府が強調している医師の地域格差についても反論をしている。彼らは、OECDのデータを用いて、韓国の都市地域の人口1,000人当たり医師数は2016年時点で2.5人で、地方の1.9人と大きな差を見せておらず、OECD平均(16カ国、都市4.3人、地方2.8人)より地域差が小さいと主張した。そして、韓国における患者一人当たりの年間平均外来受診件数は16.6件とOECD加盟国の中で最も高く、医療サービスへの接近性が高いと強調しながら、医科大学の定員拡大は医師数を増やし、医療費の増加につながる恐れがあると指摘した。

このような彼らの主張は「医師誘発需要仮説」をベースにしている。「医師誘発需要仮説」とは人口一人当たりの医師数が増えた場合には、医師一人当たりの所得が減少するため、医師は患者より医療内容に詳しいことを利用して、医師の裁量的行動による医療サービス需要の増加を誘発し、医療支出を必要以上に増大させる結果、医療費が増加するという仮説である。

しかしながら、医療費の増加要因を分析した近時の研究では医師数の増加と医療費増加との相関関係は、規模や競争の原理がより働くことにより、それほど大きくないという分析結果が出ている。従って、医科大学の定員拡大が医療費の増加に与える影響に関する主張は正確なデータを用いた分析を行ってから提案する必要があると考えられる。

OECD16カ国における都市と地方の人口1,000人当たり医師数(2016年基準)
Kim200820_4.jpg

出所)OECD Regional Statistics Database 2019


OECD加盟国の患者一人当たりの年間平均外来受診件数(2017年)
Kin200820_3.jpg

出所)OECD Data: Health care use、Doctor's consultationsより筆者作成

(3)義務期間10年は医療サービスの質を下げる

専攻医協議会は、医師の免許を取得してから10年間地方で勤務することを義務化すると、医療サービスの質が下がる可能性が高いと主張している。むしろ、地方に勤務する医療従事者や胸部外科、産婦人科、重症外傷外科等、若者が忌避する専門医に対する診療報酬を改善すると共に、彼らが雇われ活躍できる政府による公共医療機関の設立を要求した。国立の医療大学を設立することや医科大学の定員を拡大するより少ない費用で短期間でより大きな効果が得られるというのが彼らの主張である。

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

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