コラム

韓国政府の医師増員計画に専門医がストライキ──医師不足と地域格差の解消法は

2020年08月21日(金)11時15分

ソウルで行われた専攻医協議会のストライキの様子(8月7日) Yonhap News Agency-REUTERS

<政府の発表に対して、専門医協議会や大韓医師協会が反対の立場を表明。コロナ対策では政府に協力的だった彼らが医大生の定員拡大や医科大新設に反対する理由とは>

韓国政府が医科大学の定員拡大や公共医科大学の設立を発表してから、大韓専攻医協議会(以下、専攻医協議会)を中心とした医師たちとの対立が続いている。教育部の兪銀惠(ユ・ウンヘ)長官は7月23日に開かれた「第10回社会関係長官会議」兼「第4次サラム(人という意味の韓国語)投資人財要請協議会」で、2006年以降3,058人で凍結されていた医科大学の定員を、2022年から毎年400人ずつ、つまり10年間で合計4,000人増やすことで7,000人近くまで増やす計画を明らかにした。

なぜ韓国政府は医科大学の定員を増やそうとするのか?

韓国政府は医科大学の定員を増やす理由として、最近、胸部外科、産婦人科、重症外傷外科等の必需的で命とつながっている専門医を志願する若者が少ないことや医療供給の地域格差が発生していることを挙げている。そこで、公共医科大学を新設すると共に医科大学の定員を増やし、若者が忌避する診療科の専門医を確保し、医療供給の地域格差を解消しようとしている。

OECDの統計によると、韓国の人口1,000人当たり医師数は2018年現在2.39人(漢方医師を含む)で、OECD平均3.49人を下回っている。また、地域別人口1,000人当たり医師数(2019年基準、漢方医師を除く)は、ソウル特別市(以下、ソウル市)が3.1人で最も多く、最も少ない世宗特別自治市(以下、世宗市)の0.9人と3倍以上の格差を見せている。さらに、2020年基準の地域別医科大学と医科大学の入学定員数は、ソウル市が8カ所と826人であることに対して、世宗市や全羅南道は医科大学が一つも存在しておらず、将来に地域内で医師が供給されることが期待できない状況である。

OECD加盟国の人口1,000人当たり医師数(2018年基準)
Kim200820_2.jpg

注)ルクセンブルクは2017年データ
出所)OECD.Stat Health Care Resources: Physiciansより筆者作成


地域別人口1,000人当たり医師数と医科大学の入学定員
Kim200820_1.jpg

出所)ハンギョレ新聞 2020年7月23日字を引用して筆者翻訳・作成

そこで、韓国政府は地域医療に従事する、いわゆる『地域医師』を2022年から10年間で3,000人養成するという計画を立てた。『地域医師』は、特別選考入試より選出され、合格者には、学費などの奨学金が支給される。但し、医師免許を取得した後には、地域の医療機関で10年間勤務することが義務付けられる。『地域医師』が義務を守らず、地域を離れて都会の病院に転職等をした場合には奨学金は還收され、医師の免許も取り消される。また、韓国政府は2022年から10年間で感染症の専門医、重症外傷専門医、小児外科などの専門医を500人、ワクチンの開発やバイオヘルス分野等に従事する専門医を500人養成する予定である。さらに、感染内科専門医や疫学調査官等公共医療分野で働く医師を養成する目的で公共医科大学も新設する方針である。

なぜ専攻医らは医科大学の定員拡大や公共医科大学の新設に反対しているのか?

一方、韓国政府が医大生の定員拡大や公共医科大学の設立を発表したことに対して、専攻医協議会や大韓医師協会は、反対の立場を表明している。インターンとレジデントの約1万6000人が属している専攻医協議会は、8月7日に午前7時から24時間の集団休診に一時的に突入し、反対の姿勢を示した。さらに、21日からは段階的に無期限のストライキに突入すると発表した。つまり、インターンと4年目の専攻医は21日の午前7時から、3年目は22日から、1年目と2年目は23日から業務を中断し、23日午前7時にはすべての専攻医が無期限診療拒否に入る計画だ。

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

黒海でロシアのタンカーに無人機攻撃、ウクライナは関

ビジネス

ブラックロック、AI投資で米長期国債に弱気 日本国

ビジネス

OECD、今年の主要国成長見通し上方修正 AI投資

ビジネス

ユーロ圏消費者物価、11月は前年比+2.2%加速 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カ…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 8
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 9
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story