コラム

「シーア派連合」と連携するロシア、「裸の大国」と化したアメリカ

2015年10月28日(水)18時14分

ロシアの空爆に追いつめられても、アメリカは頼りにならない(7月、ダマスカス近郊の前線での反体制派「自由シリア軍」兵士) Bassam Khabieh- REUTERS

ロシア空爆の3分の2が反体制派地域

 ロシアがシリア空爆を始めて間もなく1か月。ロシアの空爆参加は、1991年12月のソ連崩壊以来、初めての中東での軍事作戦実施であり、中東における政治的軍事的なプレーヤーとしての「復活」を世界に印象付けた。それは同時に、ロシアの攻勢に対して全く打つ手がない米国の、中東での影響力の決定的な退潮を露呈させた。

 ロシアの攻勢の始まりは、9月28日のプーチン大統領の国連総会演説であった。プーチン氏は米国によるイラク戦争を「民主主義革命の輸出による混乱」と非難し、「テロとの戦いでアサド政権との協力を拒否したことは大きな間違い」と言い切り、オバマ大統領への対抗姿勢を前面に打ち出した。一方でオバマ大統領はアサド大統領を「罪のない子供たちを樽爆弾で殺戮する暴君」と非難した。

 ロシアのシリア空爆開始は、プーチン大統領が国連演説で唱えたアサド支援を文字通り行動に移したものである。反体制派支配地域で活動しているシリア人権ネットワーク(SNHR)は、ロシア軍の空爆が始まって最初の1週間で23か所の空爆をロシア軍機によるものと確認できたとし、空爆によって子供25人、女性15人を含む104人の民間人が死んだ、とする。さらに23か所のうちイスラム国(IS)支配地域は5か所で、残りの18か所は反体制派地域。しかも、そのうち15か所は「医療施設、モスク、パン配給所などの民間施設だった」と報告している。

 別の人権組織のシリア人権監視団(SOHR)は、23日までのロシアの空爆による死者を446人とし、うち3分の1にあたる151人が民間人と発表した。さらに295人の戦闘員のうちIS戦闘員は75人(25%)で、アルカイダ系のヌスラ戦線の死者31人を加えても、全体の36%にしかならず、自由シリア軍や武装イスラム組織などの反体制派勢力が64%で約3分の2を占める。

ロシア軍機とシリア軍機の特徴の違い

 SNHRもSOHRも一般的には反体制派系とみなされているが、共に反体制派地域の調査員の情報や現地との連絡で情報の確認作業をしている。さらに内戦の犠牲者については、政権軍によるものだけでなく、ISやヌスラ戦線によるもの、さらに自由シリア軍による市民の殺害についても報告、集計しており、反体制派側の政治的プロパガンダばかりとは言えない。

 SNHRは、シリア軍もロシア製の軍用機を使っているため、ロシア軍機とシリア軍機を区別するのに苦労したとしながらも、反体制派の軍関係者の証言として、ロシア軍機の特徴を次のように記している。

「ロシア軍機はシリア軍機よりも高い高度を飛行し、高度を下げないで空爆する▽シリア軍機は通常1機で空爆するが、ロシア空爆機は必ず2機で偵察機も伴う▽ロシア軍機のミサイルは建物の外壁で爆発せず、中まで貫徹して爆発し、破壊力が強い」

 反体制派地域にネットワークを持つ2つの人権団体の情報は、現地についての数少ない情報源である。そして、浮かび上がってくるロシア軍の空爆の特徴は、アサド政権への脅威を「テロ」とみなし、ISも反体制派組織も区別しない攻撃である。政権に対する実際の脅威は、ISよりも反体制派組織の方が大きく、結果的にロシア軍の空爆対象は反体制派組織に重点が置かれている。さらに、反政権であれば戦闘員と非戦闘員を区別しない。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解

ビジネス

NY外為市場=円・スイスフラン上げ幅縮小、イランが

ビジネス

米P&G、通期コア利益見通し上方修正 堅調な需要や

ワールド

男が焼身自殺か、NY裁判所前 トランプ氏は標的でな
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story