コラム

「主導者なき」エジプト反政府デモの背景には、貧困という時限爆弾がある

2019年10月07日(月)16時20分

9月20日、カイロ中心部で反政府のスローガンを叫ぶ市民たち Amr Abdallah Dalsh- REUTERS

<6年ぶりに起こったデモは、YouTubeでの告発がきっかけ。シーシ政権は強権的に抑え込もうとしているが、国民の3分の1が貧困層という衝撃的な数字が重くのしかかる>

9月に入り、エジプトでシーシ大統領の辞任を求める市民のデモが起こった。特にカイロ中心部のタハリール広場でデモがあったのは、2013年7月の軍のクーデター以来初めてである。政府は批判勢力の広範な逮捕でデモを抑え込もうとしている。今後もデモが続くのか、抑え込まれるのかは不透明だが、強権下でデモが起こったことは人々の間に政権への不満が相当に強いことを示している。

カタールの衛星テレビ、アルジャジーラによると、最初のデモは9月20日(金曜日)の夕方から深夜にかけて、カイロ、アレクサンドリア、ドミヤッタ、スエズなど、エジプトのほとんどの都市で起こった。エジプトのメディアはデモを伝えていないが、アルジャジーラにはデモ参加者が携帯電話で撮影した映像が流れた。

デモの映像から判断するかぎり、デモは若者たちが中心で、横断幕やプラカードなどはなく、組織だったものとは見えない。20日のデモは、場所によっては、数十メートルにわたって通りを埋めるほどの人数が集まっているのが分かった。

デモは1週間後の27日の金曜礼拝の後にもあり、アルジャジーラにはエジプト南部のルクソール、ケナ、カイロ郊外などのデモの映像が流れたが、小規模にとどまった。20日のデモの後、カイロやアレクサンドリアなど主要都市では治安部隊による厳重な警戒が敷かれ、2回目のデモは抑え込まれた模様だ。

国際人権組織「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」は27日、エジプト全土で20日のデモ以降、2000人近い逮捕者が出ているとして平和なデモに対する弾圧を批判した。さらにHRWは、27日を前にカイロ大学政治学部のハッサン・ナファア教授ら政権に批判的なジャーナリストや学者、人権活動家ら数十人が拘束されたと報じている。これらの逮捕者について、エジプトの主要紙マスリ・ヨウムは「テロ組織に加担し、虚偽の情報や声明を流した疑い」とする治安当局の決定を伝えた。

エジプトはサウジアラビア以上の「ジャーナリスト拘束」国家

以上が、6年ぶりにエジプトで起こった政府批判デモを巡る状況である。

エジプトでは2011年、「アラブの春」に連動した大規模デモで、軍出身のムバラク大統領が辞任した。その後実施された2012年の民主的選挙でイスラム政治組織「ムスリム同胞団」出身のムルシ大統領が選出されたが、1年後の2013年、軍のクーデターでムルシ政権は排除され、その後、国防相としてクーデターを主導したシーシ氏が大統領に就いている。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story