コラム

「出生率0.72」韓国の人口政策に(まだ)勝算あり

2024年06月05日(水)14時03分
韓国

労働条件の改善を求める韓国の外国人(今年3月、ソウル) KIM JAEHWANーSOPA IMAGESーLIGHTROCKET/GETTY IMAGES NEWSWEEK

<韓国が移民受け入れに舵を切った。合計特殊出生率0.72という破壊的な少子化を食い止めるための一策だが、同じ少子化に苦しむ日本に比べればまだ勝算がある>

さまざまな予測統計の中で最も確度の高いものの1つが、人口予測だという話がある。ある年代に生まれた人の人口は、減ることはあっても増えることはない。出生率や死亡率も、戦争や疫病などがなければゆっくりとしか変化しない。だから、よほどのことがなければ一定の範囲で「当たる」というわけだ。

故に理屈上、人口政策においては、長期的な観点からの取り組みが可能だし、必要だ。しかし、ここに1つのパラドックスが存在する。人口面での危機は、突然訪れはしない。大統領や首相にとっては自らの任期中に、問題が深刻化するわけではない。

だから民主主義国家の政治家には限られた任期中に、人口問題に積極的に取り組むインセンティブは生まれにくい。出産奨励策を取り成果を上げても、それが経済効果を生むのは、20年近く後だからだ。だから結果として人口政策において繰り返されるのは、掛け声だけのスローガンがまかり通り、時間だけが過ぎていく状況だ。

とはいえ、ある国がこのパラドックスから抜け出せるときもある。1つは、政治的勢力の支配が長期化した場合。この場合彼らには、「自らの将来の利益」のために人口政策に乗り出す余地が生まれる。もう1つは、どこかに自らの深刻な近未来を映し出すような社会がある場合。統計的な予測とは異なり、現実に危機に瀕する国の状況は、人々に自らの将来に具体的な懸念を持たせる効果を持つからだ。

韓国にとって人口問題で先を行く国は、すなわち日本である。事実、彼らの多くは長引く日本経済低迷の原因の1つが人口構造にあることを知っている。

しかし、それでもこれまでの韓国政府はこの問題に対して効果的な政策を打ってこなかった。1981年以来、アジア通貨危機に襲われた98年を除き日本を経済成長率で凌駕してきた韓国の人々にとって、日本が直面する事態は遠い将来のことだと考えられてきたからである。

だが昨年、韓国の経済成長率は25年ぶりに日本を下回った。経済成長率の長期的な低下傾向も続いており、人々は日本と同様の危機がすぐ目の前に来ていることを実感せざるを得ない状況に置かれつつある。

尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は先の国会議員選挙でも経済政策の失敗を批判されており、だからこそ彼はこの段階で、積極的な人口回復政策を打ち出している。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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