コラム

W杯で「信念の抗議」を見せたイランと腰砕けイングランド

2022年12月01日(木)16時55分
国歌斉唱を拒否したイラン代表

デモを弾圧するイラン政権に国歌不斉唱で抗議の意思を示したイラン代表チームは、大きなリスクを負うことを承知で行動に出た(11月21日、ドーハ) Hannah Mckay-REUTERS

<国歌斉唱を拒否したイラン代表チームは言葉も力も使わずに抗議の意思を世界に示すことに成功したが、対するイングランドやドイツ代表の決断は......>

機器の調子のせいで、僕はサッカーワールドカップ(W杯)の大事な瞬間の1つを見逃した。イラン代表チームが、初戦であからさまに国歌斉唱を拒否した時だ。国内の反体制デモを弾圧するイラン政権への明らかな抗議だった。事実上、彼らは一言も発することなく、一石も投じず、それどころか自国の国旗や国歌を冒涜することもなしに、今も続くイランの圧政に対して世界の注目を集めることにどうにか成功した。

こうした抗議のメッセージに賛成の人だろうと反対の人だろうと、抗議には適した「時と場所」があってサッカーの試合はそれじゃないだろうと思っていようといまいと、深刻な結果を招くリスクを承知で抗議行動を起こす人々は確固とした信念を持ち合わせているな、と気付かされたことは誰だって認めざるを得ないだろう。その抗議行動のせいで彼らの人生や母国の家族には、より大きな困難が降りかかるかもしれない。

対照的に、イングランド代表チームは見苦しかった。「あらゆる人々を受け入れる包括性」と「社会的正義」を支持すると大々的に騒ぎ立て、カタール(同性愛を違法としている国だ)に「ワン・ラブ」のメッセージを伝えると宣言しておいて、彼らは結局、主将が(多様性を象徴する)虹色のキャプテンマークをつける計画を断念した。イエローカードを警告されただけで!

抗議行動のせいで背負い込むリスクで、これより小さいものなんか思いつかないくらいなのに。これではまるで「チョコレート兵士」――威勢よく信念をもって振る舞うが、困難にぶつかったとたんに溶けてしまう者、という意味だ。

すでにFIFAの不正と倫理観欠如にうんざり

ばかげているのは、キャプテンの虹色腕章を「禁止」することで、FIFAがこのメッセージを完璧に拡散する機会を作り出してしまったことだ。もしもイングランド主将がこの件でイエローカードを受けていたら、世界中でその場面が目撃され、意見が交わされていたことだろう。そして、もし(イングランドよりも後に試合があった)ウェールズ代表とドイツ代表も計画通りこの抗議行動に続いていたら、それは大きな「運動」となり「膠着状態」に陥っていた可能性もある。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウクライナ向けトマホーク承認も ロが戦

ワールド

トランプ氏「ガザ戦争は終結」、人質解放待つイスラエ

ビジネス

主要行の決算に注目、政府閉鎖でデータ不足の中=今週

ワールド

中国、レアアース規制報復巡り米を「偽善的」と非難 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリカを「一人負け」の道に導く...中国は大笑い
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 6
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 7
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 8
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 9
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 10
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story