コラム

移民に本当に寛容なのはイギリスかドイツか

2019年11月13日(水)16時20分

難民100万人受け入れが発したメッセージ

イギリスの姿勢はあくまで、人々がそれぞれの母国で可能な限りやっていけるように後押しすることだ。経済移民は傾向的に、若く、健康で、行動力があり、カネやその他の資源を自ら手に入れる能力がある場合が多い。だからこそ彼らはよりよい生活を目指して大陸を渡ることができ、「最も抜け目なく押しの強い」人々だけが国を出られると言われたりするのだ。

ヨーロッパに流入する難民は、昔ながらの「稼ぎ手」である14~34歳の男性に偏っている。第三世界出身の移民・難民には、教育と語学力を備えている人が驚くほどの割合でいるものの、先進国で結局は単純労働や失業状態に甘んじる羽目になっている。これは人材の大いなる不適正配分であり、貧しい国々は事実上、最も有用な人材を流出させ続けることになる。

ドイツのメルケル首相が2015年に100万人以上の難民受け入れを決定した際、それは崇高なる人道的対応に見えたかもしれない。だが同時に、難民は生きる場所を選ぶことができるとのメッセージを送ることにもなった――つまり、最初にたどり着いた安全な国にとどまるより、さらに豊かな国に到達するため悪徳密航業者にカネを払い、ボロボロのボートで海を渡ることは、試してみる価値があることだと。当然ながら、紛争地帯に近い国々(たとえばトルコなど)ほど重い負担を抱えることになり、国際社会はこうした国々を支援しなければならない。

密航は国際犯罪組織(しばしばドラッグや武器取引、売春にも関わっている)の資金源にもなっている。2016年に英政府は、諜報機関(GCHQやMI6)に対し、国境を越えてこうした組織を捜査する任務を課し、さらなる予算の投入も表明した。

残念ながら、メイ前英政権はただただブレグジット(イギリスのEU離脱)に失敗した政権として記憶されるだろうが、メイは「現代の奴隷制」、特に売春組織による貧困国女性の搾取の撲滅に情熱を燃やした。多くの若い女性が貧困から脱する道を求めて、こうした組織の餌食になっている。メイは内相時代、「2015年現代奴隷法」の成立を主導し、警察により強い捜査権限を与え、加害者には終身刑を含む厳罰を適用し、被害者保護を拡大することを盛り込んだ。

悲しい事実は、富める国と貧しい国の経済格差はなくならず、移民は今後も続くであろうことだ。エセックス州での39人の死はその悲劇的な結果であり、イギリスは彼らの死を嘆くだろう。だが、イギリスがこの多難な国際問題に、一貫した寛容な態度で取り組んできたことは忘れてはならない。

<本誌2019年11月19日号掲載>

20191119issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

11月19日号(11月12日発売)は「世界を操る政策集団 シンクタンク大研究」特集。政治・経済を動かすブレーンか、「頭でっかちのお飾り」か。シンクタンクの機能と実力を徹底検証し、米主要シンクタンクの人脈・金脈を明かす。地域別・分野別のシンクタンク・ランキングも。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米大手銀、最優遇貸出金利引き下げ FRB利下げ受け

ワールド

ポーランド家屋被害、ロシアのドローン狙った自国ミサ

ワールド

ブラジル中銀が金利据え置き、2会合連続 長期据え置

ビジネス

米国株式市場=まちまち、FOMC受け不安定な展開
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story