コラム

パンの44%が廃棄処分、だからビールを作りました

2018年10月15日(月)16時30分

©GIANT PEACH

<イギリスで製造されたパンの半分弱が廃棄されている――。その現実にロンドンの醸造所が目を付けた。本誌10/16号「『儲かるエコ』の新潮流 サーキュラー・エコノミー」特集より、サーキュラー・エコノミー(循環型経済)の最新20事例のひとつを紹介>

※本誌10/16号は「『儲かるエコ』の新潮流 サーキュラー・エコノミー」特集。企業は儲かり、国家財政は潤い、地球は救われる――。「サーキュラー・エコノミー」とは何か、どの程度の具体性と実力があるのか、そして既に取り組まれている20のビジネス・アイデアとは?

「トースト(乾杯)」と書かれた瓶ラベルを初めて見たら、「とりあえずビール」にぴったりな酒と思うかもしれない。一口味わってもその印象は変わらない。宴会の場が盛り上がりそうな、口当たりのいいクラフトビール──それが「トーストエール」だ。

実はこのビールの名前の由来は乾杯ではなく、原料になったパンのトーストにある。より正確に言うと、残り物のパンだ。イギリスで製造されたパンの何と44%が廃棄されているらしい。一般家庭だけでなく、メーカーも過剰生産したパンを捨てる。品切れで客を逃すよりも、多めに製造するほうが安上がりだという。

この現実にロンドンの醸造所「トースト」が目を付けた。メーカーが処分するパンには、ビール醸造でそのまま使える穀物が含まれているのだ。

「食品廃棄物の活用こそ、世界的な環境問題に対する最も簡単な解決策だ」と、トーストの共同設立者ルイーサ・ザイアンは言う。「大掛かりな構造的変化は必要ない。行動を変えるだけでいい。こうした考えを広めて、手本になれればと思っている」

ただ、ビールメーカー1社だけでは状況は変わらない。イギリスでは毎年、トースト約2400万枚分のパンが家庭ごみとして捨てられる。2016年に設立されたトースト醸造所が使ったパンの量は、この秋で100万枚を達成。メーカーと醸造所がもっと参入すれば、未来は明るい。

トースト醸造所は製造法をネットで公開し、イギリス6州の醸造所とも協力。ラガーやペールエールも出そろっている。

パンからビールを作るのは目新しいことではない。古代文明でも実践され、パンに含まれる穀物を発酵させれば通常の原料の約3分の1を確保できる。カビはビールの大敵なので、新しいものでなければならないが、パンの耳でもいい。もちろん完成したビールは、パンの味はしない。

こうした動きはサーキュラー・エコノミーであるとともに、「アップサイクリング」でもある。古いビール瓶から新しい瓶を再生する「リ」サイクルに対し、不用品やごみから価値の高いものを生むのが「アップ」サイクリングだ。

この流れは広まりつつある。英大手小売りグループのマークス&スペンサーもその1つ。サンドイッチの納入業者から醸造所に余ったパンを提供させ、そうしてできたビールをマークス&スペンサーで売っている。まさにサークルの完成だ。

【参考記事】サーキュラー・エコノミー 世界に広がる「儲かるエコ」とは何か
【参考記事】日本の消費者は欧州と違う、循環型経済に日本企業はどうすべきか
【参考記事】昆虫食は人間にも地球にも優しい(食糧危機対策になるだけでなく)

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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